東海道線東京発各駅停車のバルタザール
佐々宝砂

チョコレートの頬に人なつこい笑みを浮かべて
バルタザールは僕に訊く
贈り物は何がいいだろうね
それとも私はただ礼拝すればよいのだろうか

右を見ても左を見てもビルで僕は息苦しく
黒い指にはまった指輪のみどりの石を見る
バルタザールの問いに答えるためには
聖書外典以外の嘘を研究する必要があると思う

ほどほどに混み合った車内を
無表情な車掌が通り抜ける
バルタザールはなお微笑んで僕を見つめ
辛抱強く僕の答を待ち続ける
僕は眠りこんだふりをする
無言のうちに時間も風景も流れ過ぎる

大きな観音像が一瞬みにくい顔を見せたあと
線路は海沿いを走ってゆく
バルタザールは僕からふと目を逸らし
海の見える景色はいいものだねと言った

常緑樹の色濃いみどりから
違和感たっぷりに突き出ているホテル群
僕はたったいま目がさめたような顔して答える
いや昔のほうがずっとよかったんだ
特に根府川はね
シンプルで美しかった
ほんとうに海と駅しかなかった

長いトンネルを抜けてから三つ目の駅で
僕らは電車を乗り換える

そろそろ夕刻のラッシュなので
電車はもうずいぶんと混んでいて
バルタザールは少し困った顔をしている
人混みに慣れないのだ
こんな乗り物に乗せるなんて
可哀相なことをしたかなと僕は思う

富士でどっと人が降りどっと人が乗る
清水でどっと人が降りどっと人が乗る
静岡でどっと人が降り誰も乗らない
静岡駅着の電車だから

僕らも電車を降り
キオスクで駅弁と発泡酒を買い
静岡駅始発の普通列車に乗り込んで
開封しない駅弁を膝においたまま発車を待つ
すっかり暗くなった空に化粧品会社の名前が光り輝く

バルタザールは僕に訊く
星はどこにあるのだろう
私たちは王となる子に何をすればよいだろう

とにかく星は西だ西のどこかにあるはずだと僕は答える
でもって具体的なことはカスパールに逢ってから考えよう
カスパールとは京都で合流するんだから
あ、そうだ、忘れてた
カスパールが京都で乳香と没薬を買っといてくれるってさ
さっき携帯にメールが入ってた

電車が西へと走り始める
向かい合ったバルタザールと僕は
まだ温かい駅弁をおもむろに開けて食べ始める
食べながらもバルタザールは空に星を探している

ほんとうのことを言えば
京都のカスパールは海千山千の老山師
メルキオールこと僕は気の弱い嘘つき
そうしてきみバルタザールは
カスパールがどこかで見つけてきた
頭のおかしな宿なし黒人

でもバルタザール
僕はときどき考える
きみだけは
バルタザールきみだけは
もしかしたら本物なのではないかと

でもそんなこと考えて
信徒を巧く騙せなくなると困るから
発泡酒を飲んで
駅弁を食べ終わったら
明日の関西総会に備えて
僕はひとねむりしようと思う


自由詩 東海道線東京発各駅停車のバルタザール Copyright 佐々宝砂 2004-12-16 05:45:59
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