耳なし芳一
乾 加津也



耳なし芳一
壇ノ浦に座す
撥は海風
火の肌をなぜる
赤い藻屑と沈んだままの(旗たち切れの)
悔いの嵐の そのなかの



めくらの芳一 どこへゆく
雨滝のよう 夜闇のよう
まぶた裏にともす月影
草履に血豆が痛かろう
いのち片割れ さびしかろう



純心(うぶ)の芳一 安んじよ
床にも琴線漲らせ
識蘊に沿って般若心経を唱え
よもや喉より声うますなよ
交わりの気すらおこすなよ



琵琶の芳一 どこにおる
殿の御成ぞ語りの仕舞いを 飾れ 翳せ
現も小乗 弦も扇も入寂のきざはし
そそりたちの音(ね)今宵こそは
狂乱ともどもつんざいておくれ



出水の芳一 やや 耳のみか
御霊につづく穴ふたつ
因果のことわり聞きわける業か
串つき刺して献上なるか
平家今生のあかしにもなるか



耳なし芳一 世々語りやれ
亡者もむせぶ物語 栄枯盛衰伏し伸びる脇立
潮(みちひき)の あるたけをただし
挙句に寄りても 己がまことに
時点(いま)をおれ


自由詩 耳なし芳一 Copyright 乾 加津也 2012-10-06 18:27:43
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