安全神話
salco

火曜日の放課後は
グラウンドの半分をサッカー部が使う
野球部はだから守備練習だけ
あとはひたすらスイング、ラニング
ところがサッカー部の連中は
ピッチャーマウンドの盛土が時たま
そのままなのが気に食わない
「甲子園行くわけでもねえくせに、何だコレはよ」
「だらしねーな、マルガリーターズ」
「な事ゆーなよ。かっけーぞあいつら。今世紀もあんな姿で」

「足みじけ。ありえねーポテンシャルで外しまくってんぜー」
「なりきりケースケがかぁ?」
「ひでえな。ハンドボールのルールでやればいいのに」
野球部の連中は
女子がサッカー部で妄想するのが気に入らない
バックネットに鴈首並べた子達が熱心に追っているのは
でかいボールの方。てか、華やかな颯爽?
マネジャーはペンペン草とカナブンみたいな二人
一生懸命やってくれてるけど、正直…

そこでサイドバックが蹴り出したボールは
バットであさっての方角へ打ち返されて
レフトが外したフライは哄笑とドリブルの末
ゴールポストで跳ね返り草むらへ
しかし今日は暑いね

九月というのに三十五度を超え
体育館ではバスケ部の連中が
毛先からインソールまでびしょ濡れで
BANG、BANG、キュッキュッ、今日は火曜日
バレー部は幸か不幸かお休みだ
BANG、BANG、キュッキュッ、熱風まとって
ワックスの光を叩いて回る

万物がウェルダンになるトタン屋根の下
開け放った館内は四十度に達し
ここらでブレイク入れないと、熱中症の誰かが出そうだ
ところが顧問の先生は
夜中に奥さんが破水して今日はいない
バトンを受けた先生は
最初いたけど職員会議

舞台に追い立てられた卓球部も
実は暑くてやりきれない
涼はカシカシと台をこするプラスティックの球音だけ
袖に引っ込められたヤマハのガラス塗装で頬を冷やしたい
何故ならあんまラケットを団扇代わりにしていると
部長と副部長が怒るから
何だかみんな、淀んだ水槽に入れられた金魚みたいだ

不良のショータは
不良のサヤカと隣の児童公園でブランコの上
話題もない
やる事もなくて、青空の不当な面積に苛立っている
何故なら火曜日は体育館の舞台袖でこいつとやれねーし
家では担任のチクリでババアが手ぐすね引いているだろう
負い切れない嘆息が肺を圧迫して
帰り道で爆発しそうだ

間々、ショータは人と人生について考える
何で一日はこうも長いんだ、こっちはまだ十五なのに
まばらな木立の向こうに
水しぶきに濡れたプールサイドがちらりと覗く
水泳部の連中は、今日は気持がいいだろう
先週は唇をチアノーゼにしてたけど、実技練習も来週いっぱいだ
あいつらの体は逆三すぎて、逆にキモいよな
イルカなんかの真似している内に
出来そこないの半魚に進化しているみたいだ
ゴムのキャップとゴーグルで、ますますありえねー生物っぽい

しかしこいつケバいのに、何でこうウスいのかね
ショータは分析する
バカさがパねーから、存在が病的に虚ろなんだよな
「なあ。どっかでQoo買って来て」
「うん。 ……?」
「自分で買えよ。金あんだろ?」
「うん」

何でも言いなりになるあいつはあれかね
男に殺される将来の為に生まれて来たのかも知れないな
何も考えてない
いやだという言葉も思いつかないみたいだ
ガスパンやりすぎ?

[a:]
[i:]
[u:] 
[ou] [ou] [ou]
あいつの意見はとうとうこれしか聞けなかった
まーどーせ先輩のお古だし
俺が次に回したって文句言われる筋合はない

救急車のサイレンがかすかに聞こえ
駅の方角から次第に近づく
どっかでジジイでも倒れたのかな
交通事故ではないようだ
だってパトカーが唱和しないじゃん?

四時というのに太陽は、夕陽にならずに白熱している
一日はどうしてこうも長かったり短かったりするんだろう
ショータは考える
まるで伸びたり縮んだりしているみたいだ
相対性理論って、確か
宇宙空間と光速でしか実証できないはずだろう?
サイレンが向かって来る

グラウンドでは
ペナルティエリアでフォワードの加藤が仰向けになり
右膝を抱えて悶絶している
土にめり込んだ石で角度が変わったノックの直撃を眼球に受けた
サードの田中がうずくまる
体育館では壁際にしゃがんでいた新入部員の緒方くんが前のめりに
ゆっくり倒れ、舞台袖では日下部さんがグランドピアノの下へ
四人がかりで運び入れられた

ブランコでショータがケータイを開け
先週会った子へ返信を入れていた間に、フェンスの向こうでは
クイックターンでふざけた小西がプールの底で頭を打って失神し
さくら美容室の裏手では自販機の前で
体を折ったサヤカの脚を血が伝い、白地にオレンジ色の缶の横に
もうじきランチュウほどの生物が流れ出る予定

迫って来たサイレンが
だがドップラー効果の手前でふいに止まる
まるで不吉な報せの配達人みたいだ

特に高教組の影響下にある教員の仔細な査定を
ノートPCに入力していた校長は、顔を上げて窓を見る
立ち上がってサッシを開け
それから頭を巡らせ、廊下に耳を澄ませる
職員室でも一斉に、校庭に面した窓へ駆け寄る
少し遅れたのは2‐Bの担任 佐藤先生
顔面蒼白で拳を解く

三十八歳のこの女、付き合っている男の言いなりに
管理を任された修学旅行の積立金を使い込んでしまっている
借金がきれいになったら結婚する約束だったが
言い訳の数々を信じて来たわけじゃない
諭してもすかしてもウソに隠れる弱さに
目をつむってあげただけ
根性の腐った男にしがみついている理由は是が非でも
今月中に穴埋めさせるため
それでしあさっての晩に首を絞められ
半年後に隣県の休耕田で見つかる予定


自由詩 安全神話 Copyright salco 2012-07-30 23:27:56
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