past away
mizunomadoka

花火に行った
明るいうちに待ち合わせをして、商店街を歩いた
明日のお祭りの準備をする人たち
今夜の花火の場所とりをする人たち
古本屋に寄ってみる私たち
数百の単様な飾り

「シーモア序章が2冊あったから、1冊きみにあげるよ」
「昔もらった気がするけど」
「今日の記念に」

前に来たときにおいしかった喫茶店で軽く夕食をとった
今でもここのサンドウィッチが私のベストだったので嬉しかった
びっくりするくらいのふわふわの玉子と
すこしだけ焼き色を付けたトースト
レタスとセミドライドトマト。輪郭の強いコーヒー
「芥子に秘密があるとみた」とか言ってるきみ

「テイクアウト頼んでみればよかったね」

今朝まで降っていた雨で、花火はほとんど煙だった
分厚い雲が内側から赤と青と黄色に白く光った

「ラピュタみたい」
「私もそれ去年思ったよ」
「去年もこんな感じだったん?」
「もうちょい風は強かったけどね」

私たちの隣に座っていたお婆さんは、空を見上げずに
すこし前ではしゃぐ浴衣の子供たちを見つめてた
何十回も花火に行ったけど
私もそんな横顔ばかり憶えてる気がする

「やっぱり花火は描けないなー」と呟いてた彼女とか

花火が終わってからも
しばらく夜を見上げて寝転がってた
思い出したように雨の草の匂いが現れて気持ちよかった

「ねえ、今日はここでバイバイしよ」
「一人になりたい?」
「ひとりで歩いてみたい」
「わかった。人ごみの中を歩くんじゃよ」
「うん、ありがと」
「気をつけてな」
「帰ったらメールするね」
「わかった」
「ばいばい」
「バイバイ」

去年の花火のことを思った
隣にいたひとのこと

打ち上げの真下での花火だった
シートに寝ころんでバックを枕にして、横に並んで
打ち上げを待った

空全部が花火だった
初めてだった
思わず右手をのばした
ためらって、あきらめた
それから一年がすぎた

幸せそうに歩くひとたちのなかで
自分のことを恥ずかしいと思った
早足でその人たちを追い越しながら
花火で防御が崩れてしまっているんだと思った

前にもその前にも人がいた
歩くのをやめて、花壇に寄りかかった
同じ中学だった女の子たちが再会する声
はぐれて携帯で話してる男の人
今日の花火のこと。明日のお祭りのこと。海に行く約束のこと
目を閉じると、体と香水の匂いがした

手紙とテープ、何故かそう思った

家まで歩いたせいか、思っていたよりもずっと疲れていて
メールの受信をしている間に眠ってしまった

目が覚めると2時だった
着替えを取りに上がると洗濯物が室内に干してあった
開いたままの窓の向こう側、夜の外に
外灯を反射してベランダが浮かんでいた
私は誰にも繋がっていなかった
どんなに手をのばしても、触れられるものがなかった

世界を自分に取り込むよりも
きみが世界に身を投げ出す方がずっと簡単なんだよ
と誰かが言った

きみもいつか決めるんだよ。この夜の海をとるかどうか

押し入れから段ボールを引っぱり出して
母親の古いラジカセにテープを入れた

テープからギリシャのラジオが流れてきた
懐かしい、80%オフの歌
街のメインストリートにあるショッピングセンターのCM

彼女からの手紙を開けた
配られたプリントや返却されたテスト裏に書かれた文字
授業中、お昼休み、放課後のマクドナルドや
同じラジオを聴きながら
朝まで電話で話しながら書いた
数百通、数千枚の手紙

色とりどりのペンやシールで飾られた手紙は
褪せていてもとてもきれいだった
思い出が胸に突き刺さった

あの日々が夢じゃなくてよかった
いつか私は死ぬんだと思った
彼女にあの海を見せたかった

ベランダから空っぽの部屋の窓が見えた

糸電話の実験をした窓
試験の夜に大声でテスト範囲を教え合った窓








自由詩 past away Copyright mizunomadoka 2012-04-18 20:54:46
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