親愛なる声
HAL

とうとうきみは声を出してくれなくなったね
ぼくが死ぬまで一緒に声を聴かせてくれるかと
想っていたけれどやはり来る日は来るんだね

きみはきみの生んだ会社の
50周年を記念して誕生したものだった
ぼくがきみを選んだのは丁度30年前だった

ある権威ある雑誌はきみでなくきみの同胞を
勧めていたけれどぼくの耳はきみだと告げた
以来いくつかの転居でもぼくはきみだけは自分で運んだ

きみはレコードと云うアナログ時代からCD時代へと
移るなかでもぼくの望む様々な声を出し続けてくれた
30年間一度だけパイロット・ランプが切れただけで
故障することなくぼくに声を聴かせてくれた

でも30年は人間で言うなら何歳になるんだろうか
確かにリモコンなどは付いていなかったけれど
ぼくはきみを動かすために立ち上がっていくことは

何の面倒でもなかったし丁寧に創られた重量感のある
スイッチに触れることはひとつの喜びでもあった
きみは機械ではなく佳い声を出す親愛なる友だった

いまのぼくにはきみの様な友と呼んで良いものに
買い替えることはできないのはどうか分かって欲しい
いま親愛なる友と呼べるものはぼくには手が届かない

本当に残念な別れになってしまったけれど
ぼくはきみの声をいつまでも忘れない
ディジタルな機械に買い替え冷たい声を聴いてもね

いまも電源を入れると
きみはまだ生きているかのように
パイロット・ランプだけは点く

だからきみを廃棄処分にすることは絶対にしない
ずっと置いておくだけどぼくはきみを見ながら死にたい
心からお疲れ様とありがとう さよならはもちろんなしだ




For Dear My Friend LUXMAN L-505V, You Were On My Side Anytime.


自由詩 親愛なる声 Copyright HAL 2012-04-06 23:05:59
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