人間樹木
そらの珊瑚

あの子は
人間樹木になって
森へ還っていきました
さあ
嘆き悲しむのは
もう止めにしましょう

春には
芳しき白い花を咲かせ
やわやかな緑の新芽を指先に這わせ
虫や蝶を友とし
秋には
たわわに赤い実を
惜しげもなく実らせます

躯の中には
幾筋もの水脈に豊かな命をたたえ
歩くことを捨てた足は
もはや
思いわずらうことなく
大地に根を広げていることでしょう

人の命の数十倍の
それは静かで穏やかな
新たな命を手に入れたのだから

三日月の夜に
窓を開け
そよ吹く風の音を聴きましょう
かすかに
父さん
母さんと
あの子の声が聴こえるような気がします

特別な子だったのです
健康体で生まれなかったことを
恨んだりせず
毎朝たくさんの薬と共に
自分の運命さえ飲み干していたのです

満月の夜に
庭に出て
たよりがないかと捜す時
この世の全ての出来事に
影があるのに
気がつきました

あの子のために
笑ったり
泣いたりしたことが
人生の
光であり 影であったのだと

人間樹木の集まる森は
一番星の光る下にあるといいます
けれど
わたくしどもがそこへ行くことは叶いません
この世の道にはつながっていないのです

それでよいと思います
夕暮れ時に空を見て
道標べのような
その星を見つけたら
それだけでよいと思いましょう



自由詩 人間樹木 Copyright そらの珊瑚 2012-02-01 08:24:06
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