s字台ニュータウン
アラガイs


この辺りまで丘を登りきる
新しく切り開いた道は両脇から砂埃が舞い上がり、僕の口を塞ぐ
上から見下ろしても更地の勾配だけが霞んでいる
いつのまにか、舗装された道路まで引き返していた
そして煙る灰色の建物の中に佇んでいた
みすぼらしい机と牛革の黒いソファー
入り口には青い大きなポリ容器が置いてあり、直角に壁を隔てた細い廊下を曲がると、地下室に辿り着くはずだ
雑多な笑い声が、餌を漁る烏の羽先のように耳先に震えて、響き合う壁までが胸をついてくる
(腹の裏側から伺うような声音)いやな予感がした
あの何度も夢に出てくる、まるで見覚えのある光景だ
僕はそっと気づかれないように通り過ぎると、むき出したコンクリートの裂け目から裏口へ飛び出した 。

湿り気を保つアスファルトにタイヤの砂跡が痛い
舗装されたばかりの道路にも足跡は残らない
ジャリジャリと、音は視覚だけに共鳴している
ここは高台の乾いた風
歩けば不審者の気配がするだけだ
空を見上げると、カラオケボックスの看板はすでに剥げ落ちていた
このブロックを右側に折れると姉夫婦たちの小さな家があった気がする
あの陽気な夫婦にはさっき会ったばかりなのに…もう忘れていたのか…
冗談で話すには頃合いというものがあるのだ
互いを笑いあえば別れの挨拶に代わり
すでにつきあたりから斜め左手に下っていた。

「ポツン ポツン 」と間隔を開けて
絵日記に描いたような細い家が無表情に建ち並ぶ
ひとつだけ、軒先が突き出た煉瓦色の型枠の中
窓越しに並べられて見えるのは美味しそうなパンだ
眺めれていたらちょうどお腹が空いてきた
揚げドーナツと入り口にある自販機で缶コーヒーを買う
たしか店には顔のない主が居たと思う
時計が止まってみえた
ため息をつき、迷いながら下り坂を歩くのは実に滑稽で楽なもの
ここまで舗装された道路を降りて来るには理由がある
そこはまるで新興住宅地のような見覚えのない壁の静けさだった
交差点には信号機が備え付けられ、霞むひとの姿も車の数も多い
しかし目印が何もない
唸るような雑音ばかりが耳元に残り、あらゆる文字は視界から消えていた
頂上は切り開かれたまま、砂埃が舞い上がる
見捨てられた斜面の丁張りが雑草に埋もれる(忘れてはいない
)僕はここにいる
迂回して、また引き返す
大きなカーブを描き二車線の歩道は登る

そこは誰も踏み込めない
森に繁る小さな小山だった 。











自由詩 s字台ニュータウン Copyright アラガイs 2012-01-17 07:55:42
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