静粛
伊月りさ

 小蠅を優しくつぶした
 初めての五十匹目です
 ひとさしゆびの先端で
 薄い壁の向こうがわの
 恋人も眠り続けたまま

サンダルの隙間に砂が
ちくっとしたことを思い出す
切腹よりも
投身よりも
わたしの指先は死ななくてはいけない

買ったばかりの月刊誌の往来は
あまりに速度違反に思え
追えない時間を味方に
ふと生まれたときから
独立していた埃

つぶしても
つぶしても
この視界がゆるせなかったのか
つぶしても(パン!)
…ぱん(挟みこんでぐっとおさえつけるのがコツ)

 疲れ果てた恋人たちの
 陰で髪を咀嚼している
 ゴキブリの子どもたち
 まだまるいわたしの命
 起こさないでください

思春期のマニュアル化
振動するほどの極彩色
布団を閉めて鍵をかけ
うるさい口に突っ込んでごまかす
革命家のマニュアル化
静かに挟みこんでぐっとおさえつける
昇天のように走り続けるために
はじける指先を殺さなければならなかった
思春期の革命家

 電源を落とさないこと
 約束した通り五十匹の
 つぶされたわたしたち
 は、ひとクラス以上だ
 生ゴミのように温かい

眠るきみにとまる
きみのように叩けない
しんとした朝を切り裂かないように
落下する口をつぐむ
やすらかな小蠅が
一身に宿命を集めています
つぶしても
つぶしても


自由詩 静粛 Copyright 伊月りさ 2011-09-02 23:39:23
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