浮音
伊月りさ

明け方
碇は頼りなく
右奥の石臼が
歯軋りのように現実を粉砕する
わたしは急須の中で
丁寧に開かれているようにみえて
何層もただれていて
歯をくいしばって

  《七歳のF》
  ま女をかけおりる
  二人の黒いはおりもの
  そして
  エレベーターの中でわたしはねそべり
  あるいはゆかであり
  だれも手をさしのべてくれなかったこと

  少女は海底から親指を引き抜き
  さびしい唇は激突した
  鋼鉄の白い壁は
  舌先にちいさな乳首をつくってくれた

明け方
粘膜の母を
きみが舐める

  《十四歳のF》
  逃げる

  少女は逃げていた
  六畳半はどうしても直方体になろうと
  空間を見つけては知らない女を詰め込んでいた
  女が見えた
  両親の寝室にはいない女から
  引き上げる布団に重さはなかった

布団と壁とを
ぴたんとしないことは
わたしを逃がすことだと脅してみる

  《二十一歳のF》
  これは夢
  長い刃物を持った和室で頭を暴れさせる
  まだ想われているのか
  わたしは夢だということに限って
  これは夢 ではない
  だから満たされる

  浴槽に
  水をはられたり
  両手で洗濯機にされたり
  一日中洗われていた
  肌が裂けていた
  赤いわたしが(赤かったかどうか確かめられないほど)
  四角であることを辞めて
  きみの体になろうと溶けた

それは明け方の記し
きみたちが読み
わたしにはきこえない処理
ぎりり、ぎりり、と
骨のような
年月の摩擦音を止められず
のびていく神経の断片
を かき集めることをゆるしてくれる
肉にただ保たれている
保たれるための儀式


自由詩 浮音 Copyright 伊月りさ 2011-09-01 21:05:24
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