山のお坊さんのはなし
チアーヌ

 山のお坊さんはおじいさんでした。
いつごろからおじいさんになったのかは覚えていませんが、いつのまにか山のお坊さんはおじいさんになっていたのでした。

 山のお坊さんは、誰もいなくなった山の里で暮らしています。
 お坊さんが若い頃から、人の少ない山里でしたが、お坊さんはお寺が無人になってはよくないと、山に残って暮らしていたのです。
 きつねも、たぬきも、くまも、山鳥も、鹿も、お坊さんにとっては身近な友人たちです。

 山のお坊さんは、畑を耕したり、お米を作ったりしながら、山の里で楽しく暮らしています。電気もガスも水道もありませんが、そんなに困ることはありません。夏は野菜、冬は漬物でごはんを食べます。夜になったら、ほとけさまにお経をあげて、眠ります。

 山のお坊さんは、ときどき山を降りて、別のところで過ごします。
 どこへ行くかと言うと、まずは、街の中に住んでいる奥さんのところへ遊びに行きます。
 街にある奥さんの実家が、誰もいなくなってしまったので、奥さんは、街にある実家へ帰って暮らすことにしたのです。今は、奥さんの妹もそこへやってきて、二人で楽しそうに暮らしています。
 奥さんも奥さんの妹も、毎回大歓迎してくれます。奥さんのおうちでは、お酒をたくさん飲んで、たくさんのおはなしをして、奥さんと一緒に眠ります。

 そして次は、息子と娘の家を訪ねます。
 息子と娘の家には、それぞれ、かわいい孫たちが住んでいます。みんなが楽しく暮らしているのを確認すると、山のお坊さんは安心して、山へ帰ります。

 山のお坊さんは、こんな風に、3箇所を回って暮らしています。多少、山のお寺を留守にしても、もう誰も困る人はいないからです。

 ある日、奥さんとこどもたちの家を巡って帰ってきたお坊さんが、寺の山門まで戻ってくると、仲良しの鹿の長老が現れて、
 「山のお坊さん、今夜はひさしぶりにお客さんが来るようですよ」
 と教えてくれました。
 「ほう、そうかい。それは、うれしいなあ」
 山のお坊さんは喜び、寺の掃除をはじめました。

 その夜、山のお坊さんがろうそくの灯りの中、ほとけさまにお経をあげていると、本堂に誰かが入ってくる気配がしました。
 山のお坊さんがゆっくりと振り向くと、お客さんは戸惑ったように挨拶をしてきました。
 「こんばんは」
 「こんばんは。さあ、こちらへどうぞ」
 山のお坊さんは、お客さんに座布団を進め、用意していた箱膳をお客さんの前へ並べました。
 山のお坊さんの心づくしの箱膳には、ごはん、おみそしる、たくあん、山菜の煮物などが乗っています。
 本堂の外には、山のけものたちが集まり、ひとつだけのろうそくの灯りを見つめています。
 みんな心から、お客さんを歓迎しているのです。
 今夜ひさしぶりに、50回忌を迎えるお客さんと、お坊さんは、昔の話をしながら楽しく過ごしました。


散文(批評随筆小説等) 山のお坊さんのはなし Copyright チアーヌ 2004-11-16 11:08:33
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