1敗1勝
salco

 七月     

プルトニウムの夏
音の無い朝
人の無い街を
私が歩いているのだとすれば
青い大気の海底を
もはや足に濃い影伴れて

日輪は黄金の鏡を向けて
絶対無関心の触手をばら撒き
仰ぎ見れば
白雲は宮殿の如く
行けば
風は手琴の音色の如く
見下ろせば
まどろむトマトの楚々と赤く

鳥の声とて無い今朝に
歩けど人影の一つ無く
幾万の家族を擁する街の家々は
日常の一切を秘めた棺の如く見え始め
秒針の一秒進む毎に
咲きほころぶ花弁のように眠りから覚めて行く、
動きと音のあれこれを送り出す、
時計の意味が失われた今
時の存在そのものが十万昔日の彼方へと
証人も無しに葬り去られた今

そして私は恐怖に駆られ走り出す
放射能の厚いヴェールを纏いつかせて
この突然に膨張を始めた世界の底で
声に出せば忽ち狂気となって気管を逆流して来る
叫びを、
血管という血管の中で上げながら
走る
何処へ?

                   1987



 四月二十七日  

歯石取りの前準備にスー・チー*を入院させ
検査結果が出るまでの一時間を隣町へ出て
ブラセットとか外箒とかオリーヴオイルとか
あれよとあれよと道なりに良い買い物が出来て
大荷物も重くなく腕に掛けて復路を行けば
花粉対策の立体マスクをした人達と存外すれ違い
丸出しな自分の鼻と口、薄茜を刷いた空が爽快で
ちょっと大きな気持になり
「放射能? 私には耐性あるんじゃねえの?」
と独りごちたことだった
アントニオ猪木程度にはまさかの不死身だろー


                  2011

* スー・チー … 拙宅の御猫様


自由詩 1敗1勝 Copyright salco 2011-07-05 23:12:09
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