Days of Wine and Roses
渡 ひろこ

琥珀色のサウンドトラックが、
頭蓋骨の内側を濡らしていく
すっかり皺が減り、ツルンとした私の大脳皮質


鼓膜までねじこむイヤホンや
タイムラインを流れる電子文字で
刻まれたものが薄れ、腫れあがってしまった
指先は切れそうなページの手触りや
硬直したペンの握り方を忘れて戸惑っている


最初は赤茶けた髪一本の危機感のつもりが
いつの間にか束ねたシニヨンになって
もう肩にまで重く垂れ下がってきているようだ
そう、シナプスがつながらない
言葉が沈んでいく


『ノルウェイの森』では入り口で迷子になり
寺山修司の編んだ詩編がほどけず
ひとひらの名前さえも拾えない
はらはらと剥がれ落ちる記憶たち


重ねた年月の言い訳と
麻痺した回路を曝け出す上から
メイプルシロップとなって降り注ぐのは
重苦しい映画とは裏腹な
華やかなタイトルのサウンドトラック


Days of Wine and Roses
享受し続ける日々 
それは何かを失っていく予兆


艶やかな旋律の裏に潜む堕落が
うすら笑いを投げかける
セピア色の時代から
現在いまを見つめたかのように歌う
薔薇色の下にある、怖さ


新しい蜜の一滴を味わった瞬間から
光のスピードで走っていく街
追いつこうとしても
もたつく足元


回転数が合わない琥珀色のメロディは
ゆっくり滴りながら
キーボードをたたく指先を
とろり、と濡らしていった








※Days of Wine and Roses
「酒と薔薇の日々」という1962年制作のアメリカ映画の主題曲
徐々にアルコールに溺れていくカップルを描いている。




自由詩 Days of Wine and Roses Copyright 渡 ひろこ 2011-01-19 19:57:51
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