クローゼットの秘密
渡 ひろこ

私がよく行くインポート専門のブティックがある。
ショップ名は「armoire caprice」
(アーモワール・カプリス)
もしかしたら御記憶の方もいらっしゃるかもしれないが、
以前この現代詩フォーラムに投稿した作品と同じ名前である。


実はこの英語にはないアーモワール・カプリスという響きが
ちょっと小洒落ていて、以前から気になっていたのだ。
そこで思い切ってショップのスタッフに意味を聞いてみると、
フランス語で気まぐれなクローゼットだと教えてくれた。
その瞬間「気まぐれなクローゼット」というフレーズにピンと閃いて、
これは詩になる言葉だとインスピレーションを受け、
作品を書くまでに至ったのである。


フランス語のタイトルということもあり、同人誌に発表する前に、
ノルウェーに在住するフランス語の堪能な同人にも送って見て戴いた。
海外在住故、日本語に飢えているということもあるせいか、
拙詩を興味深く読んで下さった上に
返礼としてフランスの間男の小話を送って下さった。
これがエスプリが効いていて、
かなり私の中では印象が残るものだった。


ある男が人妻との浮気の最中、帰宅した夫に踏み込まれ、
慌てて傍にあったクローゼットに隠れた。
だが怒った夫はたまたま外を走って行く
別の男を浮気相手と思い込み、
男が隠れているクローゼットごとバルコニーから
外の男に向かって投げ、
昇天してしまった男達が、
天国の入り口で問答を受けるという小話。


一見なんの変哲もないよくある小話に思えるかもしれないが、
私の中でクローゼットと結び付けると、
また違った角度から見えてくるものがある。


そう、クローゼットは洋服以外にも、
色々なものを押し込められるのだ。
例えるならば日本の押し入れにも似ているかもしれない。
人目に触れさせたくないものを放り込み、
あるいは昔はお仕置きと称して、
悪戯する子をその罪と一緒に閉じ込めた。
一旦閉めるとそこは闇になる点では同じだ。
謂わば隠蔽の扉でもある。


そして誰しもがそんなクローゼットを胸の内に、
一つは持っているのだと思う。


背徳の薫りが染み付いたコートをしまうだけではなく、
人からの羨望や嫉妬の念、逆恨み、
あるいは自己嫌悪や諦め、逃避、
または密やかな慕情や新たな希望、祈りなど、
数多の感情を呑み込んで、
闇に閉じ込めているのである。


表に曝さないことを美徳として、
闇の奥で埋もれた秘密をゆっくり蒼白い炎で、
浄化している。


忍耐強く、唯一の美意識によって
炎上しないように閉ざされている。


呑み込んだものが消えるまで、

クローゼットの扉を開いてはいけない。









自由詩 クローゼットの秘密 Copyright 渡 ひろこ 2011-02-15 19:19:42縦
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