メインディッシュ
渡 ひろこ

温められた皿が食卓に置かれている
「私を彩って。そして汚して…。」と
上気した白さで語りかけてくる
アンティパストでは物足りないと言いたげな光沢で
ゆるやかなフォルムの輪郭を際立たせている


メインまで待てないもどかしさが
ツルンとした表情にあらわれて
徐々に人肌の温度まで落ちていく
なめらかな手ざわり


冷めてしまう前にいそいそと
鮮やかなマゼンダに仕上がった鴨フィレ肉を盛る
まわりにはボルドーの甘酸っぱいカシスソース
果実の香りがフワっと立ち上った


ドラクロワの絵のように描かれて
誇らしげな余白が笑みをこぼす
途端に堪えきれなくなったナイフが
赤黒いソースで艶やかな白を塗りつぶし
フォークは鈍く光る銀の切っ先で
やわらかなミディアムの断面を貫く


ふと微かに皿が軋む音が聞えた
ヒリヒリとした悲鳴を上げている
隠しておいた薄いヒビ割れに
フル―ティなソースが沁みて
磨いた表面に潜んでいた凹凸に
ナイフが引っ掻き傷をつけている
飽食の下で触れ合う食器が
いつもより半音上げた音を響かせ鳴いた


盛られたメインに応える
クオリティの高さは
持ち合わせていない
見てくれだけで選ばれた器


すでに半分乾きかけたソースは
ドス黒い血と変わり果て
汚れた残骸として置かれた皿は
鴨フィレ肉の確かな重みと
カシスソースの温もりだけを
回想している


おそらくこれが最後の彩り
一時の泡のような記憶が
執着となってこびり付かないように
急いで洗い流して食器棚の奥深くしまい
ガラスの扉を閉じた


誰もいなくなったダイニング
いつの日かウエッジウッドのようにと
次の出番に焦がれる
ガラス越しの熱い視線が
片づけられた食卓の上に
影のないゆるやかな輪郭を作る










自由詩 メインディッシュ Copyright 渡 ひろこ 2010-12-13 20:29:48
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