輪唱
うめぜき


どんな人にも子守唄が取り巻いている
毛穴の一つひとつから歌がこぼれて
体の周りに薄い膜を作るのだった
愛する人の体に進入しても
私は膜の外側にやはり弾かれてしまって
一生懸命に聞こえてくる子守唄に合わせて歌うのだけれど
細かい音程やら情感やらが違って
愛する人には進入出来ないまま
私は朽ちていくのだなあ
そう思うと呼吸が浅くなってぼんやりとする、のだった

愛する人がある日言うには
私の中に入りたいのに
「あなたには薄い膜があって私は入れないの」
ということなのだ
そこで気づいてしまったのだが
私は私の膜の外には出られないのである
突き破ろうとすると
子守唄がやんややんやと歌い出し
締め付けられてくる、のだった

愛する人が去っていってから
私はただ手がつなぎたかった
私はただ眠る時、抱きしめあいたかった
だけだと思った
その時には
お互いの子守唄の膜を破ろうと一生懸命に祈りあって
時々は子守唄が輪唱になったりするから
微笑みあう、のだった

ぼんやりと街の様子を見つめていると
風の強さが一段と際立っていて
何処かの窓辺から漏れた子守唄が
かすかに聞こえてきた
私は愛する人のことを思い出すにも
どんな音程だったか、どんな情感だったか
忘れてしまっているのだけれど

忘れてしまっているのだけれど
風が運んでくるいくつもの子守唄が
まるで私と愛した人が奏でたような輪唱に聞こえて
私は思わず微笑みかけてしまう
のだった



自由詩 輪唱 Copyright うめぜき 2010-12-11 04:51:36
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