降り立つ / ****'03
小野 一縷

黒い夜は翼で
濡れた街灯は滴 光る針先は行先
目蓋を濡らせば 感じれる

涙が鋭く凍るけど
唇が渇いて切れるけど
歯車は廻る ただ空転して
それでも 先へと空廻る いつもどおり 正確に 

血で化粧 目尻に 頬に おまじない
月の銀は 風穴
聴覚を ぴゅうう と 刺し回す 
抜け穴に 吸い込まれるのは 吹雪 
眼は閉じたまま 耳を すまして 手際よく
夢の密度を探る 夢の純度を研ぐ いつもどおり 的確に

心臓が難解な構造を持つ花弁のように 
複雑に熱く解けて溶け出す この胸の奥 深く

思い出すよ 熱く流れ込んでくる

きみが泣いた待合室の緑の光
きみが恐れた施設のタイルの模様
きみが脅えた監視カメラの威厳
きみが震えたシーツの冷徹

でも
やっぱり 行くよ
相変わらず この道は 甘苦い 

透明に近い灰色 くすんだ瞳で
ぼくは きみとの 絆に 一瞥して 振り切って
永遠の表面 を 駆けて 行く
跳ね馬のように 吹雪の中を 
無理矢理に鍛えられた か細い 脚で
冷たくざらつく 地表を 蹴って

煙を 一吹き
湿った夜を纏うんだ
両翼の害ある大風を呼び覚ます
その力 黒と 白を 交錯させる
青く翻るよ 眩暈が
目蓋が捲れちまった
そうしたら
星がこぼれ落ちるんだ 幾つも
腐るほど 星が 素適に
呆れるほど 素適に 星が
弾ける
焼ける
裂ける 
カビ臭い ここ 雑居ビルの サッシとガラスの隙間で

まだ 行くなら
搾り出せ 最後の一滴
重圧な 生まれたての 血まみれの
赤ん坊が 孕んでる圧力を

血管を
ぶち抜けて 息切らす
荒い 呼吸で 胸焦がす
走り出したら
熱くなる 肺が
綺麗な 斜めのラインで
斜めのラインで 汚してゆくんだ
真白を 断続的に
真黒に 酔っ払った 羽ばたきで
犯していくんだ 自慰で 慈愛を 
蝕んでいくんだ 自意識で 願望を 
平衡をとる精神の 延命のタクトは
静脈で受け止めろ 指揮棒の
その尖端は 正確無比の 秒針の鋭利だ

ほら  

尻尾を振って 
舌を振って 紅い唾液 垂らして
親指を引っぱって 爪を裂け
骨筋張った  右手で
ホクロだらけの左腕を掻きむしって
重く黒く硬く 両眼をブチ開け

見ろよ

白髪の若いあいつが見てる
月すら 甘い 今夜
渇ききった路面に吹く
スカスカの風の中のツブツブは
鏡に 微細な モザイクを 描き出す
朝焼けすら熟んだ今朝 降る雪は 血の霧だ 
黒蝶のように 柔らかく舞い上がって
鱗粉だけを きらきらさせて
明日への ありきたりな つまらない 希望すら
瑞々しくさせて ほら あいつが  

爪はちゃんと切れ
黴菌には気をつけろってこと
風呂には入るな
出来るだけ汗はかくなってこと
当然
クソも小便も我慢しろ
要するに 身体の外に 成分を逃がすなってこと

揺れが止まらない
身体の 芯の 
手の震えで 顔を包む
頬が 酷く硬い
だから 抱かせてくれ 
ふくよかな 血の味の接吻
すっぱい にがい 体液と
震えの伝導 
誰だっていい この震えを

一度目で 知ってしまった
物憂さ 昼過ぎ
確信犯が 今
暇に潰されて 今
冷めた体液が 今
臍から 少し 垂れ落ちて
溜息を ほんの一瞬重くする

いつだって
生っぽい誰かの傷の甘酸っぱさは
ぼくを一時だけ 優しい男にしてくれた

ああ
もう 時間だよ
終りだよ
吐く息の倦んだ濃度で分かるだろ

この淡い憂鬱と 速過ぎる迷走と
絡み合う祈りと怒りに 手を振って 
さようなら を

藍色の路面 転がして
いい気分で 帰るんだ
軽く素早く 睨む 白線一本
鼻突いて

血と心が 日々を 染めるんだ
蛇のように ずるずるの足跡を 引き摺って
どろどろの 白煙吐いて
よろめいて 何だって黒ずんだ
ここにあるのは 呆れた 現実への執着
腐りかけて 艶を増した 
意味もなく光る 蓄層 ただの時間の 重なり

そろそろ帰るよ  

頭の中の白に 目蓋の裏の黒から
伸びてくる 鼓動が
少しばかり 慌てさせるけど
何色でもいいよ とにかく どっかの 真ん中で
時計の針が いつだって 気違いじみた 正確さで 回ってるから
こちこちと 鳴ってる音は ただの 
溶け合った 街と飛行機雲
溶け合った 視線と話し声
溶け合った 排気音と信号機
溶け出した カラスとチャイム
溶け出した 夕陽と電車
溶け出した 道程と歩数

降り立つ
名も無い通りの 日常の真ん中に
突っ立って 明日でも昨日でもない
今を刻む 秒針に 影として重なる為に


この鼓動を聞いて おやすみ


「ぼくの影が時を刻む  真白い道は永遠だったよ」













自由詩 降り立つ / ****'03 Copyright 小野 一縷 2010-11-09 22:18:20
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