百日紅の失踪
A道化




車窓の光速が
わたしたちに注いでは剥離して
ガタンゴトン
一枚残らず後方へと失踪する
朝はいつも同じ方向への目眩だ


通過駅をことごとく踏み外す その
転落音の延々と続く曲線をゆきながら
わたしたちは
何をも見上げまいと 何をも追うまいと
白く静かに視線を保ちながら少しずつ
削り取られ削り取られて後方へ 後方へ


なぜならば 朝には
別れのあいさつがなかったから
どこからどこまでが朝でいつからいつまでがわたしなのか
あなたがいた朝はいつだったか あなたがいたのは朝だったか
どうしても区切りたくなってしまったとき あ、あ、ああ、
赤い百日紅が過ぎる車窓を瞬いて


わたし とわたし以外
あなた とあなた以外
それぞれの輪郭 色彩 時間 様々なやり方で
どうしても区切ってしまう区切られてしまう
目を閉じたらもう保つことができない気がする
だから瞬くな 目を開けたまま何もなかったことにするんだ
赤い百日紅なんぞ咲いていなかった
赤い百日紅なんぞ咲いていなかった
それが最も白くて静かなやり方だ


ガタン
終着駅
ゴトン 
スピード・ゼロ
窓の失踪が止む ドアが開く
さあ! 肺を深く開き
私たちは 狂ってしまわぬよう
本当は弾け咲いていたあの赤い花の狂ったような忘我に密かに倣って
さあ! 目を開けたまま一斉に
さあさあ! 夥しく失踪しあいましょう


20100804


自由詩 百日紅の失踪 Copyright A道化 2010-08-04 10:03:48
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