さくつきみやま Ⅱ
木屋 亞万

さく

種から育てたツマベニが咲いた
雨の季節が過ぎた庭先
種から育てたうちの娘が
爪を赤く染めて
わたしにさわらないで
と言った
弾ける前の赤い唇


くつ

爪先と踵が硬い革靴
絆創膏を貼りながら歩き続ければ
少しずつ優しい顔をする
優しさに足が甘えきった頃に
履き潰す
コッペパンのように膨らんだ皮革
爪先の底から破れていく


つき

黒い雲が低空を占拠している
雲より上ならいつでも
月見をすることができる
高くそびえる雲に登ろう
清い心があれば誰でも
そこを歩き回ることができる
生き物ひとついない静かな世界


きみ

卵の殻で黄身だけをえこひいきすれば
まとわりつく白身は離れていく
きみの周りにいつもいる
人と離れるときがないから
どうしたものかとうずうずしていた
結局きみは殻から外へ出なかった


みや

雲の山の頂にこじんまりとした神宮がある
小さな赤い鳥居があるだけのもの
そこに確かに神はいる
何をするのでもなく
ただひたすら月を見ている
たまに人が紛れ込むけれど
神と人が出会ったかどうかは
神のみぞ知ること


やま

今夜が山だという言葉がこの世にある以上
その言葉が意味通り伝えられる状況がある
その山を誰でも越えられるわけではない
超えられなければ山の向こう
もう帰ってはこない
棺桶にジャケットと帽子と煙草を入れ
足元の草鞋の側には履き潰された革靴を入れる
母が仕送りの荷物を準備している姿を
始めて見てしまったような気がした
父は遠くに行ってしまったのだ
だから燃やして送るのだ


自由詩 さくつきみやま Ⅱ Copyright 木屋 亞万 2010-07-11 01:14:36
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