ドーナッツ
ホロウ・シカエルボク




エイト・ビートを告げるカウントの
ワンとツーの間に落ちたものを探す
飯を抜かれた犬のように
鼻先をヒクヒクさせながら


裏通りで寝そべった時に見上げた釈迦の掌は
光化学スモッグのスクリーンの上で涼しい顔をしていた
ジェラートを舐めたいと思った
その時は12月で
普段そんなもの欲しいとも思わなかったけれど
ジェラートを舐めたいと強く思った
なにかひどく甘く喉を潤してくれるものを


潰れたパーキング・ビルの
封鎖された入口の有刺鉄線の前に立っていた
ちょうどデスマッチな気分だった
いらだっていて
赤子のようだった
鉄線を結んだ杭を蹴りつけると
嘲笑うみたいにバッタが短く飛んだ


ショッピング・モールの片隅のあばた面の娘が揚げたドーナッツは全然好みじゃなくって
ぐちゃぐちゃと砕きながら祈りの言葉を捧げた
コーヒーで流し込んでしかめっ面をすると
娘がほんの少しだけこちらを見ながら悲しい顔を浮かべているのが見えた
だけどそんなことどうしようもないことだ
料金を払って店を出ると
駐車場で三台の車が玉突き事故を起こしていた


広い公園の楠の下のベンチにだらりと身体を任せて
風にそよぐ木々の葉の音をずっと聞いていた
近所のハイスクールのバスケット・ボールのクラブの一団が汚い声で叫びながらそばを通り過ぎて
その場で構成された様々なプロセスがすべて駄目になった
獣が唸るような声に振り返ると
きれいに着飾った女が銀杏の根本にゲロを吐いていた
その女に時間を尋ねようと思った
そうすれば彼女は自分がいまやっていることがどれだけ恥ずかしいことかということに気づくかもしれないから


書店によってスティーブン・キングの小説を立ち読みした
立ち読みしたときにこれほど買いたくなる作家を他に知らない
そのくせいざ買った後ではまるで読もうという気にならないのだ
もちろんそれが彼のせいである訳はないが
近頃じゃ立ち読みするたびになにか軽い怒りすら覚えてしまう


部屋の窓枠にはまだ
去年の落ち葉が山ほど積もっている
処理する術のない戦争被害者みたいに見える
コンバット・マーチを口笛で吹くと
一時間ばかり偏頭痛に悩まされた
アスピリンを飲んでベッドに横たわると酷くジメついた夢を見た
それがどんな夢だったかはいまでは思い出せない
夜中に目覚めて最初にしたことは
落ち葉をひとつ残らず下にはたき落とすことだった
さようなら過ぎ去った日々よ
上書き更新程度の明日のためにお前に別れを告げよう


それから朝までは少しも眠れなかった
白んでゆく空を見てると人生は終わるのだという気分になる
どこかの屋根の上で二羽の小鳥が朝の喜びをさえずりあっていて
それは下手なラブソングみたいに心を煩わせた
エア・ガンを探したけれど
二年前に誰かを撃ってから処分したことをすっかり忘れていた
そういやあいつの名前はいったいどんなものだったか
いろいろなアルバムやアドレスを引っ掻き回して探したけれど
二時間を費やしてもまるで思い出せなかった
そこだけくり抜かれたみたいな忘却だった
それは数分とても嫌な気分を漂わせたけれど
朝飯の時間になって腹が鳴り始めるとどこかへ行ってしまった


昨日と同じドーナツ・ショップで昨日と同じドーナッツをオーダーした
上書き更新に相応しい一日を
誇りを持って始めるべきだというのがこの朝の指針だった
うまいことにカウンターには昨日と同じあばたの娘が居て
俺の顔を見ると眉だけで不雑な心境を雄弁に語った
店には俺とその娘の二人しか居なかった
非常に厳粛な空気の中二つのオールドファッションが揚げられた
今日のそれはちょっと記憶にないほど美味いドーナッツだった
一口ずつゆっくりと味わいながら食べた
コーヒーはすべて食べ終わるまで口をつけなかった
レジで金を払うときに娘はフフンという顔をしてみせた
俺はヒンドゥーの祈りのポーズで答えた
妙なシンパシーに戸惑いながら店を出ると
昨日公園でモドしていた女が若い男を連れて颯爽と歩いていた
シックな薄いピンクのスーツを着ていた
タイト・スカートに包まれた尻は
ハルク・ホーガンの力こぶみたいにキュッとしていた
彼女の歩調に合わせてコンバット・マーチを吹いた
一日は確かに少しずつ変化をしているのだ





自由詩 ドーナッツ Copyright ホロウ・シカエルボク 2010-04-05 16:06:12
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