((心E/D房))
高梁サトル
繋ぎたい手をわざとに隠す
距離に焦がれる眼球を
胸に取り込んでベッドまで持ち帰る
ランプの灯りに意識を漂わせて
アルコールを一口舐める
(あの丸くて柔らかいの欲しいな)
(ホルマリン漬けにして枕元に飾りたい)
人間は独りじゃ
どうしようもなく寂しくて
二体一対
離れ離れになった片割れを
呼び合うようにできてるんだって
“汝等、愛せよ産めよ増えよ”
に基づいた
アレだと思うんだけど、ね
・
あ い せ な い
ふ の う し ゃ の
れ ん あ い の ス ス メ
・
撫ぜるだけの世界の表面は
端正な造形を包むきみの皮膚のように
ただなめらかでやさしいだけ
未完成の美しさや正しさは
爛熟された季節を味わう為に用意された前菜で
それをいつまでも希求し続けることは
朽ちていくことと
さして変わりないんだろう
カーマ・ストーラでも読もうかな
真剣に
・
携帯をサイレントにし忘れた日は
何もない場所で躓いた気分になる
僅かなリダイヤルボタンを押す力も
極力明日に温存したい夜に
話しても疲れない相手は数人で
その中にきみの名前がある
・
「動物の中にも増えすぎた群れでは、子供を殺す大人がいるんだってさあ」
「なに、サイコな話はよせ?」
「無理だね、今日は機嫌が悪いから」
ひかりを目指して歩いている途中
わかりやすい感情に
どうにも見放されていると感じるかなしい日がある
そんな時は何かを懸命に思い出そうとするのだけど
記憶はどこまでも脆弱で
びっくりするほど呆気なく僕を幻滅させる
「できるだけ取り繕ってるつもりなんだけど、最近さ、チグハグなのよ。
生きる才能ってさ、どこまでもバランス感覚だよね。
人体って、筋肉も神経も骨格も、その他諸々が独立しててさ。
みんなが役割分担して、持ちつ持たれつ、なあなあやってるわけ。
それを統率する為の脳が頼りなかったり嘘ばっかつくと、もうなんてか、下請け器官は烏合の衆でさあ。
その困ったちゃんの脳をさ、コントロールする何かが必要なわけなんだけど、最適なものを一度失うと、また見付けるのって、なかなか難しくって。
純粋な加害者ってのは、他人でも社会でも何でもない、自分自身なんだろうね。」
とり止めもない話をしながら寝返りを打つと
不規則にも熱心に相槌を打つ何かがそこにある
その健気さをどう形容しようかと考えるとき
何かひとつの感情が綻びそうになるのだけど
・
「きみよく、リップクリーム塗るでしょ」
「荒れてもない唇にさ、何度も、何度も」
「それって女の子がグロス塗る、あれと似た心理なの」
「強いては視覚や嗅覚に訴える動植物の、かの目的と同じわけ」
「そうそう、受精とか受粉とか」
「愛のお遊戯ってやつ」
「え?」
「あ、ごめん、ちょっと待って」
「…ごめんごめん、なんだっけ?」
「お隣さん今晩、カレーライスみたいでさあ」
「すごい匂いするから、今、窓閉めたんだけど」
「そう、うちのマンション、ファミリー多くってさあ」
「さっきから嬉しそうな少年の声が…」
「え?」
「ちょっと少年暴れ過ぎ、五月蝿いんだけど」
「あ」
「明日の用意あったの忘れてた」
「ありがと」
「じゃまたね」
けして男と女の関係に堕落せず
それでもぴったり上半身を寄せ合う僕らを
よく知る人間が
ぽつりと
「心房みたい」
と言った
そうかそれなら
デキソコナイでもお互いを
どうしようもなく守りたくなるのは当たり前
で、
見合わせた顔までなんだか似てきた錯覚に
血を分けた兄弟のような絆を感じてしまう
そんな僕らが
カーマ・ストーラを読み解ける日は
まだ遠い