魚座の裏切り者の歌 / ****'04
小野 一縷


夜明け前
夜を操る 鳥の声

「この歌で夜を叫ぶ 産声の主は一体 何某か?」

黒檀の夜の中心で
一羽の巨大な鳥の翼に
覆われて 視界は黒く埋められた
聴覚で見ろと
胸の熱い 心臓の羽ばたきで 告げてくる


響き零れる音の色
なんて針の尖端の点が涙と輝くんだ
黒い月下の虹の色に


なんて剃刀の刃の薄く走る眩しさだ
黒い水上の焔の色に 刺し焼き切れる 
可視線上の後 縮まった視神経


チリチリと 燃え伸びる
眼下の世界 地面 重力
引力を押し戻す 夜空の上昇
黒い気流


疾風 切風 突風 熱風
地鳴りを引き連れてくる 風また風
巧妙に歪んだ喇叭の吹き手
周回する加速音 内耳に 
羽音が 轟きを 発生させる 黒い渦を微分


匂う 硬く 暗く
冷え過ぎた鋭角の 嘴の麓で嗅ぎつけた
永久凍土 その地層の硬度のコントラスト
きりきりと 眉間の奥を鼓膜から締め回す
黒い氷の渦 
どおりで頭痛が 血生臭く回る
奥歯にまで 血が沁みる



顎から脳天に向けて 猟銃の銃身二本
銃口の冷たさ 皮膚と鉄の隙間から
辛い 火薬の黒い匂い
沁み込んで 焼付く鼻孔の奥 
じんと 凍み切れる痛み


千の火花の輝度 素早い鋭刺の雹にと
砕け散り そこら中に 
飛び散らかることを望んだ
そこに残された 絶叫の響の末尾
床に壁に 深々と 沁み込んだまま 黒く凝固


魚座の左利き 
最後の息吹 掻き消された痕に ようやく記した
「愛してる さようなら 繊細と衝動よ」


揮発性の高い生命の燃料を 両翼で煽げば
めりめき めりめき 
割れ毀れる 世界中の黒水晶の悲鳴 
その断続の間に 無感覚の上を滑る時間の破片
不等間隔で 嵌め込む 1ピースずつ
虚ろな文字 虚数に もう既に 近付き過ぎた 
悲鳴の航跡を 独り ペン先で追跡 逃さない 


びりびり 破れる奥深い暗幕
夜の静寂の残光線に沿って
二本の黒い眼光 それぞれの角度で 
鏡の裏の 見えない夜に 重ねれば 始まる 
千切られた小数点の末端
その絶対零度に侵入する 眼光の
割れた それぞれの鋭角を
幾つもの言葉で 更に それぞれ研ぐ



彼へと 今 詩を書いている
曙光は夜に似た色の 苦いインクで浸した
暫く凍えることになるだろう
夜の引潮の 冷たく閃く裾の軌道上
もう一度 羽ばたけ
そう 
永遠に揮発する 液体に濡れた 
暗く萎んだ翼で 今夜を もう一度 呼び寄せる


鳥よ 夜の再来を 高々と鳴き告げろ
暗く硬く静粛に刺してくる その周波数の影
共振させようか
狂い始めた 一秒間 無限に刻む ここに
心臓の肉弁の震え 細胞の微振動
波尾を引いてゆく 空間の 輝き熱く揺らす
夜を背に
彼の声帯を 保持する為 鳥の羽音よ
もっと 強く


ここに 居てくれ ずっと
全ての 想い創る者が 己の最期を馳せる場所
言葉と色彩 造形と音符が 解れあう時 
銀に眩しい海 黒く輝く空の それらの溶け合う流域


黒海の蒸気で駆動している 夜空の液体の濃淡の揺らぎ 
その振幅を往来する 忘れられた記憶を組織する
素粒電子が散らかり
綴じかけの 目蓋のページに紛れ込む
その項目は 「彼の為の夜の詩」
それは 瞳を初めて空気に触れさせた時 
光が歌った詩 その諧調 忘れはしない
初めての耳鳴り その濃密で緻密 鋭い旋律


音で綴られる詩を 羽音が切り刻む
侵されるように 言葉の連なりは
歪な緩急を その規則性から発する
本来の意味合いに 刷り込まれる
それも 寒い夜 冬に生まれた 
この黒い詩の 仕掛けの一つだ 



寒い土地に掲げられた旗 
夜鳥の金切り声に靡き 幾筋にも裂ける
その波打つ帯に沿って 黒いカンバスに
雷光が零したサイン 幾つもの声
ずっと深く 真黒の土の中に 輝く幾千の 
鋭利な霜と散らばって 凍み込んで
言葉の回転軸 様々な角度で 叫び刺さり 詩句を切る


黒い空は 深々と 黒いまま
星々を 針の雨と零している 
今でもいつまでも
ただ一羽の 黒鳥の翼の深みへ
彼が眠る 遠く 透明に暗い 汚れた寝床に



鳥は 目覚めて間もない
揺れる白い 一粒の焔 その瞳は
まだ 高い純度で 濁ったまま


巨大な翼の影で 目蓋は闇に溶けた
蒼白く反転する 黒鳥の眼は
繰り返すストロボの発光で 見透かす 
文字が次々と 目蓋の裏に投射される 舞台装置の仕組


沈み出す夜の黒の深度 その書きかけの数値は 
まだ醒め慣れない頃の 甘苦い痛みに似た眩暈を 
言葉で彩色し 中空へと展示する
あくまでも 目蓋の裏の目次を元に
それもまた この黒い詩の仕組だ


沸騰した血に濡れた叫びで 満天の暗黒の下
夜空の皮膜を一項目 熱く吹いて捲れば
硬い地面に散らばる 幾つかの言葉
決まってその中から 水銀のように弾ける言葉を掬う
(今は 幾つかの 彼が零した光の粒子 絶叫の痕跡を辿る)


鳥の 厳かで巨大な再来を 迎えて
黒く濡れたオウロラを 纏った日没が 
ゆらゆら輝き 波打っている
今夜が また始まる


びりびり 叫んでいる熱を宿した雛の心臓
小さな黒い焔の 揺らぎは
親鳥の心臓の 同調する熱にさえ 絶望の種を見つける 
生れ落ちた 暗い卵 夢の殻の中で ずっと
夜に降る 酸性の羊水の雨に 濡れながら


音楽を一度 自分を一度 音楽をもう一度 殺した罪
創造を生命で破壊 歌と詩を 感情で粉砕 
贖罪者で断罪人


彼の残留素子を撹拌 混ぜ合わせる 水の宮の寒い季節の始まり
黒空を仰ぐと 集まり出す 散り散りの脳漿と頭蓋骨の影 精神
砕け散った黒い断末魔 黒い木霊の霧 黒い羽ばたきの深淵に

赤く

再生する

この歌が叫ばれる 今夜 

2月 20日 魚座の下 

言葉の密集領域空間 詩として 

私は 再び 誕生する






自由詩 魚座の裏切り者の歌 / ****'04 Copyright 小野 一縷 2010-02-20 02:35:52
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