犬の糞
salco

雨に天井も破れた廃屋で
コタツに硬直した下肢を突っ込んだまま
つけ放したTVと電灯に照らされ数日間
干からびて死んでいた歯の無い男が
私の父親の人生の終わり

ひねくれた寂しい野良犬は
獲物を捕れない意気地のなさを
孤高と呼んで泣いていた
生活に絡め取られた夢の残骸を
毛沢東の幻影に抱かせて
それをしっかり握りしめ
果てない自伝を書いていた
自分でさえも読めぬ字で

世の中の、
男と呼ばれる人々は
駅のホームやエスカレーターに
恥じる事ない身なりをして、
それがネズミの幸福と呼ばれようとも
ひとかけらのIDを問われれば、
いつでも眼前の警官に示す事が出来るのだ
決してそれは古びた夢の残骸などではなく

世の中の、
社会人と呼ばれる形骸に取り残されて
歩く風体すらあきらかに違うおのれが
今や青年時代の錆びついた矜持のせいで
生誕の自分からさえ打ち捨てられた時
内臓にまで食い込んでいる
鎖を振りほどこうと彼はガラスを割り
女房を殴ってもがいたものだ

どこかで靴を履き違え
どこかで道を曲がり損ねて
気が付くとそこには、
コタツに下肢を突っ込んだ
酒焼けの六十男の体があるだけ
脱獄をとうに諦めたヤニ臭い心が
少年時代のおのれに向かって
日がなすすり泣いているだけ


自由詩 犬の糞 Copyright salco 2010-02-20 00:17:50
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