ミノタウロスの竪琴
高梁サトル


この胸に住まうミノタウロスは
私が死んでも幾等も嘆きはしないだろう
あれの愛した竪琴を
私が壊して極寒のヘブルス河へ捨てたから
あれは今も代わる竪琴を探しているのだ
だから私は死んでも灰も残らない
跡形もなく風に舞うことすらない
暗闇に住まうプルートンのか弱い両目では
竪琴が鳴らす目印なしに
私を掴まえることは出来ないのだから

私は 透けて 溶けてゆく
大気の合間に 草木の合間に
動物の合間に 爛熟と衰退の合間に
それを掴まえることが出来るのは
歌謳いの旅人たちだけ
彼らは花のほころびに
赤ん坊の産声に
大地に染みこんだ雨跡に
それを見つけることが出来る
片目を瞑って気長く待つ者だけが
何時か巡り会う瞬きに
彼らは魂を賭して歌を謳う
ある者は賢さを押し鎮め
溢れ出る想いに束の間の調和を
ある者は愚かさをむき出しに
囚われの想いに一途な不調和を
風の中ゆらゆらと泳ぐ幾重の尾ひれに
私は まどろみ 夢を見る

共鳴の最果てで
私はあなたの夢を見ている
ヘブルス河をくだる切り離された頭を
岸辺に取り残された半身を
美しく怖ろしい竪琴の調べを
永い 永い 光と暗黒のしじまで
私はあなたの夢を見ている


自由詩 ミノタウロスの竪琴 Copyright 高梁サトル 2010-02-03 08:15:48
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