男の修行
鵜飼千代子

  辿り着かなければならないところがある
  険しい道だけど

  辿り着かなければならないところがある
  人を待たせている

  幾つもの岩山を登り
  幾つもの深い谷を渡って
  辿り着かなければならないところがある

  息が切れ
  血が流れ
  へとへとになった体に鞭を打つ

  俺にはこれしかないのか
  他に道はないのか
  自分に問いながら歩き続ける

  しかし
  辿り着かなければならないところがある
  俺が行くと信じて待っている人がいる

  なぜ俺だけが
  こんな思いをしなければならないのか
  俺が俺だから この道しかないのか
  この険しい道を行かなければならないのか

  この道を行かねばならぬほど
  大切な約束なのか
  足の爪はすべて剥がれ
  靴には大きな赤い染みがある

  一番大切なものは何なのか
  自分に問いながら
  道を踏みしめる

  この旅に出ることは自分で決めたことだ
  苦しい旅だということは
  初めからわかっていた

  苦しくてもなんとしても辿り着く
  そう自分に誓って旅に出た

  だが しかし 
  この辛さはなんなんだ
  辿り着くまで俺の命はあるのか

  途中に安らげる場所があるかもしれない
  とりあえずそこまで頑張ろう
  思いがけず安住の地があるかもしれない
  ここまで頑張った
  前の俺とは違う
  ひとまわりもふたまわりも頼もしい

  ここまで俺は頑張った
  待たせ人に話し相手がいないわけじゃない

  あの人も苦しい旅だということは
  わかっている

 「途中で休める場所があったら休んでね
  そこが安らぎの場所ならば私平気だから」

  そう言っていたじゃないか
 
  あなたはわかっていないね
  男っていうのは

 「何があってもかならず来てね
  死ぬまで立って待っているから」

  そう、言って欲しいものなんだ
  それが男の勇気になる 

  でもそれを言えないのがあなただ
  この苦しさがわかっているから

 「気が弱いだけよ」と言うけれど
  そのやさしさに泣きそうになる

  *
  
  誰か飛行機を出してくれ
  あの人のところまで連れて行ってくれ
  早く逢いたい
  抱きしめたい
  あの人にわかるわけじゃない

  いや駄目だ
  それでは駄目なんだ
  今の俺では自信がない
  あの人を幸せに出来ない
  あのやさしさが重荷になる
  こんな俺を愛しているなんてと
  卑下してしまうかもしれない

  *

  この旅を続けなければならない
  この旅を終えて逢った時
  初めて本当にあの人のやさしさに寛げる
  そしてそんな彼女を
  心から慈しむことが出来る

  帰って来ないかもしれない俺を
  笑って見送った
  止めなくていいのか
  心配ではないのか
  それ位の気持ちなのか
  それとも馬鹿なのか

  違う
  わかっているのだ 何もかも
  俺と幸せになりたいのだ
  自分に自信のない今の俺では
  幸せに出来ないとわかっているのだ

  そして
  そう感じる俺が幸せではないことをわかっているのだ

  もう少し頑張ってみよう
  自分自身に問いながら
  もう少し頑張ってみよう
  この険しい道を

  あの人は待っている
  暑い日差しが照りつける日も
  大雨の日にも傘を差さずに待っている

  俺が何を考えながら歩いているのか
  わかっていながら待っている

  待っていてね きっと行くから

  俺が行ったら
  溢れそうな笑顔で抱きついてくるだろう
  泣いてしまうのだろうか

  俺には今この旅が必要なんだ
  辛い思いをさせるけど 俺を信じて待っていて

  辿り着かなければならないところがある
  そこには愛する人を待たせている

  俺を信じて 待っている  



 1996.初稿 2003.03.02改稿 YIB01036 Tamami Moegi.
 1997.5.25. NIFTY SERVE FCVERSE 第3回顔面会(東京)合評会 提出作品


自由詩 男の修行 Copyright 鵜飼千代子 2010-01-20 17:35:49
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