探 偵
塔野夏子

探偵の黒い傘を雨が濡らす
探偵の薄いコートを風が揺らす
探偵は心のアリバイについて考えている

立ち並ぶ街路樹 街灯
探偵は歩きながら考えている
そう 心はそのときそこには無かったはずだ
ではどうしていたか? なつかしい場所へと
飛んでいたかもしれず わけもなく
悲しんでいたかもしれず――
わけもなく? いいや わけはあるはずだ
だがそれは何だろう?

雨に滲んだ信号が赤に変わる
探偵は立ち止まる
心はそのときそこには無かったと
どうやって証せばいい?
ただ単に薔薇に見とれていただけかもしれない
その薔薇は何色の?

あるいは週末の約束について
考えていたかもしれない
信号が青に変わる
探偵は歩きだす

それはいったい誰との どんな約束だ?
いや待て そもそも自分は
誰に依頼され 誰の心のアリバイを探しているのだ?

探偵は身体が冷えてきたのを感じる
珈琲が飲みたくなる なじみの店へと向かうことにする

心は なつかしい場所へと
飛んでいたかもしれない――それが誰のであろうと
ではその場所はどこだろう?
探偵はせつなくなる

探偵は郵便局の角を曲がる
歩きながら やがて溜息をひとつつく





自由詩 探 偵 Copyright 塔野夏子 2009-06-05 18:21:56
notebook Home 戻る  過去 未来