公園
水町綜助

桜の花びらはもう枝から落ち、表になったり裏になったり、吹く風にくるくると回されたりしながら、春の終わりに舞っていた。
運河沿いの町なかにぽっかりと作られた狭い小さな公園だった。
数えるほどのベンチと、ブランコと滑り台と、小さな砂場だけの公園。
僕はアルバイトの昼休みをそこのベンチに座って過ごしていた。
作ってもらったおにぎりを食べながら。

不意に電子音が公園に響いた。
隣のベンチに座ってタバコを吸っていた男の携帯電話が鳴っていた。
「はい。何」
会話を聞いていると、職場の同僚と話している様だった。
「だからさ、俺だってそこら辺のことをちゃんと口にしてもらえれば別に文句もないんだよ」
穏やかな風が吹いて、花びらが公園中に舞った。
「新入社員の若い子たちはいいよ。教えてもらうばっかりだからさ。でも俺はそれじゃ済まない訳だからね」
男は作業服のポケットからレシートの束をつかみ出すと、それを備え付けの灰皿の中にねじ込んだ。
「俺だってこんな事言いたくないんだよ…」

男の語尾を、砂場で遊んでいる四人の子供たちの声がかき消した。
砂で山や川を作って遊んでいる。
小学生に一人だけ幼稚園生の女の子が混じっていた。
その女の子は小さな緑色のバケツを持って、砂に足をとられながらおぼつかない足取りで砂場と公衆トイレを行ったり来たりしていた。
川に流す水を運んでいるのだった。
一人の男の子が急に立ち上がって公園の入り口まで駆けだした。
入り口まで来たところでくるりと振り向いて、柵に前のめりに寄りかかり、まだ砂場で遊んでいる一番年長らしい体の大きな子に向かって叫んだ。
「さかがみゆうくん!」
一生懸命砂の山を固めていた少年が顔を上げ、その男の子の方を見た。
「なに?」
男の子は柵に預けた体をもじもじと動かしながら答える。
「僕もう帰っちゃうよ。でもいやだったら追いかけてつかまえてもいいよ」
年長の少年は男の子を見たまま何かを考えていた。
男の子がもう一度言う。
「遊びたかったら追っかけてきてつかまてもいいけど」
男の子は恥ずかしそうに笑っている。
年長の子が立ち上がって男の子に向かって駆けだした。
男の子も突風に煽られた紙切れみたいに背を向けて勢いよく走り出した。
しかし、少年は公園の入り口を出たところで急に立ち止まると、男の子に向けて大きく手を振った。
横断歩道を渡りきったところでそれに気づいた男の子は、走りながら反射的に手を振りかえしたが、すぐ止まって少年を振り返った。
「帰っちゃうよ」
大きな声で呼びかける。
少年はそれにもう一度手を振って答えると、砂場に引き返して、また山を固め始めた。
男の子は走って家へと帰って行った。

僕の携帯電話が鳴った。
アルバイト先からの電話だった。
「どこにいるの?」

「公園」
少しぼんやりしながら僕はこたえた。


散文(批評随筆小説等) 公園 Copyright 水町綜助 2008-12-09 18:49:38
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