■千羽鶴
千波 一也



わたしの母が病に倒れたとき、

もう、
何年も昔のことだけど
わたしの母が病に倒れたとき、

わたしの
不安や曇りや
行き場のない怒りを
おまえはどんな思いで聞いていただろう

妻ではないし
血を分けた間柄でもない

お互いに、
何を預ければいいのか
何を受けとめればいいのか
わからずにいた気がする

けれど
慕っていたのは確かであるから、
おまえには
おまえなりの
悲しみがあっただろう
水底があっただろう


しばらくしておまえは
千羽鶴をくれた

不器用なくせに、

不器用なくせに、
千羽鶴を折ってくれた

大切そうに
紙袋からそれを取り出したおまえのことを
わたしはいまでも覚えている


「ごめんね、
 病院では飾れないの。

 でも、きれいね。

 せっかくだから
 お家に飾っておいてちょうだい。」


 わたしの母はとっても喜んで
 また、とっても残念そうに
 そう言った


わたしの母は
その後、無事に退院をして、
後遺症はあるけれど
元気にしている

そうして
寝室の隅には
おまえのくれた千羽鶴が
いまも飾られている

色とりどりの
昔のままで



わたしとおまえは
どこで間違えてしまったのだろう

後悔ではないけれど、
おまえの不器用さを包めていただろうか、と
わたしはいつも千羽鶴を見て
思う

どこかで達者に幸せに
暮らしているだろうか、と
ときどき思う



わたしはいま、
疑いようもなく幸せだけれど
母の、悪気のないぬくもりに触れるたび
すこしだけ
痛む



優しさとは
教えられるもの

覚えようとして覚えられるものでも
身につけようとして
身につけられるものでも
ない



悪気のひとつも無い、
おまえの不器用な千羽鶴が
今年も実家で待っている。












散文(批評随筆小説等) ■千羽鶴 Copyright 千波 一也 2008-12-03 00:09:44
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