熱と遺産の日
水町綜助

    
    
    わらっていた
    こどもたちは
    もう鉄塔から降りた
    手のひらに
    赤錆を
    たくさんつけて
    ひとりが
    鉄錆を
    ピンク色の舌で
    舐めとって
    顔をしかめて
    唾液を吐き出す
    その味のことを
    うまくともだちに伝える
    言葉をもっていない


 赤い手のひらは
 空の白いところをつかむ
 そしてたぐり寄せて
 青色にちかづく
 いつか髪の毛の先までその色に
 色づいてしまうなんて
 だれも知らなかった
 きれいだったんだ
 白いところがあるから
 めずらしいものでは
 ないんだよ


      いつか速度にあこがれる
      瞳を乾かせる風は
      ひと漕ぎひと漕ぎ
      つよくなって
      ふいにぽっかりと開けた
      町の噴水広場とかそういった場所で
      ひどい風になる
      まばたきをすれば
      そんな単純なことで
      目が見えなくなるのに
      かってに像を結んでる
      みたことのないものだ
      やけに直線的なものだ
      鉄がささくれたなら
      きっとこんなものだ
      まるい曲線も描いているようだ
      花に空気がぬけていけば


 歩道を走り抜けることはたのしい
 夏の緑は不思議だ
 強烈な日差しを掻き散らして
 胸のなかをやくから
 吐き気がこみ上げるくらい
 気持ちを掻き回して
 それだけだ
 それでどうなるわけでもなくて
 俺はどうしようもなくなって
 だれかのじょうずな絶叫をひびかせる
 胸郭いっぱいに
 くうきを吸い
 だれにもみられない場所で
 安心する
 転げ落ちそうなところを
 抱き止められたみたいに


     *


 雨がひどい
 大粒を路上にたたきつけ
 黒く染まっていく。
 夏ならばいまはまだ
 白い蒸気が立ち上って
 すきなことをわめき散らす。
 ピンホールに白い点が見える
 きっと直線的に照らしてるんだぜなにか思わせぶりに。
 そこになにか意味を持たせたりすることはこんなことと同じです。
 ぼくはくだらないと言います。
 もっと体で生きているようだ。
 メシを食わなきゃいけないみたいだ。
 お茶碗をさしだす。
 お茶碗ていうのはなかなかにかわいい響きだ。
 「お」をとるとさらにかわいい。ちゃわん。ちゃわん。
 まるくていやがるけど割れたら尖って。
 生まれ育った家の庭に
 黒い土に埋まった陶器のかけらが。
 乳白色につややかな地肌だけを出してた。
 外側だけだ。土の中にすべてが埋まっていたのかもしれない。
 掘り起こしたら割れていないかもしれない。
 まあ割れていたんだが実際。
 割れてしまったちゃわんの内側はどこだ。
 もうご飯をよそえないんだからそれがどちらかわからないよ。


     *


 腹は立っていないけれど
 声を荒げてひとを罵った
 自分でもおどろくほど
 きたないことばたちが口をつく
 俺は怒っているらしかった
 殺してやるというようなことを言った
 もちろんうそだ
 太陽がさんさんとあかりをふりそそいで
 うつくしい木々の緑がまるでその色を道の上に投影するかのようにひかった
 晴れやかな昼下がりのことだ
 ただまるごと奪ってやりたくなった

 今日はからすが多い
 夜からは雨が降るみたい


     *


 ヘリテージヒルとかかれたスウェットシャツを着てたきみ
 そこにはなにがあるんだい?
 僕はその遺産という言葉に
 なにか憧れを抱いた
 朽ちた墓石が枯れた木と一緒にあって
 なにかしら約束事をしているみたいだ
 きみの毎日は退屈に満ちていて
 夜ごとにきみは町を徘徊していた
 僕たちの住んだ町の路地裏へ入り込んでは
 濡れた敷石の上を歩いて
 白い街灯が
 一軒のふてくされた店から出てきた男を照らすと
 はっとしたようにうつむいていた顔を上げて
 そいつの目を見る
 そいつの目はもちろんきみの顔の真横を通り過ぎて
 路地の出口を見ている
 きみが入ってきたところだ
 すれ違ってきみは路地のもう一つの出口を出る
 出た先はM通りだ
 きみが毎日のように
 無言で通り過ぎている道だ
 これじゃあまるで
 青いバケツの中をくるくる泳いでるみたいだ
 僕たちが金魚だったら幸いだけれど
 繁華街のポリバケツだったら悲惨だね
 だからそんな丘を空想する
 ありもしないその場所を白昼走り回って探す
 そのための道具を手に入れて
 とんと似合わない黒いコートを着てそれに乗って
 裾がばたばたと風にあおられる音が恥ずかしくて
 手で押さえるけれどそれでは走りつづけられないから
 その音は鳴り止まないよ
 そういえばいつかきみは言っていた
 僕たちは空気の中を泳いでいるだけで魚と変わらないと
 それはそうだろうと思うけれどどうしてそう思うの
 空気は固いと思うから
 という一言を呟いたのを今でも憶えている
 真横から見ていた
 音よりも口の動きを
 ゆっくりと開いて閉じていくそんな
 光として憶えた


     *** 


 熱がひいた朝に
 午前六時
 目を覚ました
 冬の始まり
 東の空が屋根の上白く、青かった
 なにか大切なことを告げようとしている人がいて
 口ごもっている
 その頬のように


 伝えるべきことを
 知りうる限りの言葉に変えても
 すべて間違いであり
 少しずつ間違えて
 階段をのぼるか
 下るかする


 その朝
 齟齬は少しずつ階段を上り
 僕は明け方の町を歩き
 頭の上に浮かんで
 遠くのぼってゆくそのなにかを見た












自由詩 熱と遺産の日 Copyright 水町綜助 2008-11-05 12:39:16
notebook Home 戻る  過去 未来