変身
りゅうのあくび

ゆらりとそよいだ
黒髪は
涼しい黄昏に
やや雑駁な面持ちで
暗がりの多くなった細い
路地の景色を
夕陽と連れ添うようにして
揺らいでいる
ひんやりとした西方にある
最果ての夜空より
永い影が届く

 *

人通りの集まる場所に
面した通りに
ふいに隠れた
路地に気がついて
倉庫を店舗へと
改修した工房のような
古びた理髪店を見つける

 *

丁寧に磨かれた
透きとおった鏡の前にある
黒い椅子に座って
アクリルでできた
白いマントを
着ることになると
頭蓋の上からは
鼓動のような微かな音が
響いている
まなざしを反らせた後に
ふと鏡の反射光に
目を凝らすと
いつの間にか
左耳だけが
ぎらりと耀く
爬虫類の黒い鱗で
軟らかく覆われていて
まるで空を焦がすように熱い

 *

手馴れたはさみの動きは髪の毛に
巻きつくようにして
ルーズヘアーが
ざっくりと短くなっていく
華奢なスタイルをした
理髪師の女はほとんど何も
知らないみたいだった

 *

じっとしている
黒髪の見えない影の奥には
漆黒の森があって
誰かが潜んでいる
炎に焼かれ続ける
灼熱の黒い鱗をもち
人間の心に棲むことのできる
魔言葉を話しては
想いのなかでどこまでも
羽ばたくことのできる
黒い翼があって
黒髪にはきっと今
一匹の黒い竜が
紛れ込んでいるのだろうと思う
ちょうど神話が
終わるときみたいに
沈黙をしながら瞬きをする
灰色をした陰の色彩は
思春期の少年の
あこがれを想わせていて
ふと帽子が恋しい

 *

椅子の前にある鏡には
切り落とされた黒髪が
床の白いタイルへと続く
長い裾のマントを
滑っていく姿はまるで
和紙の上に滲んでは
一千年より太古の伝承にある
水墨画のように映っていて
まるで吹きすさぶ薫風のなかで
竜の翼がはためいて
黒い鱗が飛び散っているみたいに
黒髪に宿った竜は
放熱しながら
吐息がまじった声で啼くようにして
彼方へと向かって
恋心がこんがりと焦がされては
そっと深呼吸をしている
ようやく我に返って
天を仰いでから鏡をよく見ると
左耳には鱗が燃えたような
痕はなくなっていた

 *

終わりましたよと
理髪師の女にそう告げられると
影の輪郭でも視るような
記憶の途中で
銀色のはさみの間を
するりと移り逝く
秋の深い夜空には
幻にも似ている命のかけらが
真っ黒く
静かに沈み込んでいた


自由詩 変身 Copyright りゅうのあくび 2008-10-09 18:03:12
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