遡航
木屋 亞万

石ころ転がる山道の上
船を担いで登りゆく男前
船頭が多くいた訳ではない
ただ山を登るべき船だった

夏はいつでも暑いものだが
太陽弱まる黄昏のなか
通り雨の走り去るひと時が
大地を労り、川を潤していた

最近は雨が走らなくなり
川の源、最初の一滴が消えて
山村を支えていた生命線が
ぷつりと失われてしまった

新たな漁場を求め
海へ漕ぎ出した船の上で
船頭はいがみ合い
誰かが悪いのではない
お前が悪いのだと吐き捨て
みなが船を降りてしまった

助けられるだけの人たちに
成り下がっていく自分たちが
堪らなく嫌だったのだけれど
彼らの手には生産性のかけらもない

かつて漁師だった男前も
今や援助と保護の対象でしかなく
やる事のない働き盛り
仕事のない一年は彼らには長過ぎた

そこで、男前は一人
船を一隻担ぎ上げて
山頂目指して遡航してゆく
何がある訳でもない
昔を思い出しながら登る

足が棒になり骨と肉の隙間に
静電気がびりびり流れる
身体に力が入らない
久しぶりの疲労感と高揚感

川の最上流に船を置き
彼は肉体労働に別れを告げ
和算を学ぶ決意をする
人生に流されず
遡航するように舵をとる
漁師らしい彼の決心

川が涸れても朽ちない森が
彼を激励するように
風に波打ち、寒蝉が鳴く
つくづく新たな旅立ちを思う

彼は数字の流れを遡航していく
解を釣り上げる計算の糸
目指すは最短、最高峰
唯一無二の華麗なる手段

彼の新たな漁場は
川にあらず海にあらず
時に濁り時に荒れ狂う
数字の渦の真っ只中


自由詩 遡航 Copyright 木屋 亞万 2008-09-11 17:56:40
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象徴は雨