ふくろうと錦鯉
小原あき

靴箱の上にある
木彫りのふくろうは毎晩
わたしの前で目を光らせる
夫は気づかなかった
それはわたしの幻想かもしれないし
夫の現実逃避かもしれない


靴箱の上の定位置に
じっと座って
少しずつ呼吸している
あの呼吸の中には
わたしの中にある
日常の様々な思いが
少しずつ含まれていると
靴箱の横にある
郵便受けのダイレクトメールを広げながら
確信した


その晩は違っていた
木彫りのふくろうが
売ってくれと言ったのかもしれないし
わたしが
売りに行かなければならないと思ったのかもしれない


木彫りのふくろうを売りに行く朝
それは何かの儀式のようで
でも、そこには、きっと
身勝手な願いしかない


ふくろうを売りに行くと
夫に正直に話した
少し心配して
少し引き止めた
だけど、
わたしの決意は変わらないとわかると
呆れたように
居間へと消えていった


その背中は
もう、
帰ってくることを望んでいなのかもしれない


悲しかったけれど
空は五月で
わたしの好きな青と白がいっぱいだったから
気持ちを切り替えた


その家には大きな池があった
夫が見たら喜びそうな
大きな池だった
錦鯉が何匹も
なんの問題もなく泳いでいた


呼び鈴を鳴らすと
初老の男が出てきて
その顔はふくろうを求めていた
だけど、いらないと言うので
不思議だった


ふくろうを玄関に置いて
大きな池の錦鯉を掴まえた
夫が喜びそうな
大きな
鮮やかな三色を持った
錦鯉


夫は小さな池を持っている
そこにこの錦鯉がいたら
どんなに喜ぶだろう


ぴちぴちと腕の中で
錦鯉が跳ねる


わたしはわたしの
儀式を終えて
家に帰る道すがら
やり直せないことは
何もないのだと
何をやり直したいのかわからないのに
錦鯉に呟いた






自由詩 ふくろうと錦鯉 Copyright 小原あき 2008-06-18 17:15:37縦
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