降る
縞田みやぎ

隣の学級ではもう
朝の会が始まったらしいが
今朝の彼は
いっぱいにしかめた顔で
着替えをこばむのだ

棚の上
きのう買ってきた
新しいおもちゃ
電子音のにぎやかな を
かくし忘れていた
うかつな担任だった
車椅子を降りてすぐに
彼が声をはりあげ
ああなんてよろこびだろう
しまった
とは
思ったのだが

もう水ぎわな声で
わたしの袖を引く彼を
しからねばならない

教師たちが廊下を通り過ぎていく
彼の声はもちろん
窓の外まで聞こえている
言葉をもたない彼が
耳をふさいで
わたしを指さしている
ひどく濁音がまじる
見ないふりで行くのは
おたがいの領域であるから
わたしは苦笑いをとどめて
着替えが先であるよ と
彼をしからねばならない

日がさして
窓に面した校庭に
高等部の生徒が
そろいの体操服でならぶ

両の足で立って
生きるようになるのだろうか
じゅうたんの上に寝そべり
手足をふりまわして泣く彼
ぼんやりと おもう
あの棚にも手が届き
わたしなぞ尻目に
晴れやかに笑うのだろうか

どれだけの日々が降るのだろう
おだやかにわらう子らが
にぎりしめたこぶしを
ぼんやりと
おもう

しからねばならない

十数分を泣きわめき
脱衣かごに手をのばした彼の
髪をかるく撫ぜ

今朝の背中を教室のすみに
少しだけ
座らせておく


自由詩 降る Copyright 縞田みやぎ 2008-01-20 14:49:39
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