小詩集【にゃお。】
千波 一也




一 ゆらゆら、尾ひれ



  いい匂いがしたもので
  いい気になって
  追いかけて

  できないことは
  どこにもない、と
  一目散に
  忘れもの


   置き去りはいつも
   ひとりぼっちの
   さかな

   やがて
   じわじわ
   仲間になるよ

   瞳を閉じて
   海のなか

   まっすぐ曲がれば
   おなじに
   なるよ


  どうしようもなく
  逃げ惑う音だけ
  鮮明だから

  ゆらゆら、
  尾ひれ

  きょうも誰かが
  迷ってる





二 割れないたまご



  機械的な
  街だとしても
  あしたの祈りが渦巻いて
  それと同時に
  幾度も踏まれて

  けれども確かに
  きのうはあったから
  あした、と呼ばれる
  きのうは
  あったから

  スクランブル、

  少しのあいだ
  足たちが止まる

  手のなかにある
  痛みをそっと
  迎えるように


  夢見るこころの表面の
  名もなき顔は
  きょうもまた
  翼にかわる
  人知れず





三 命拾い



  数えることは
  もうやめましょう
  恨みつらみも憎しみも
  優しさという
  そよ風も


   むかし、
   草原だった日の思い出に
   にわか雨が降ります

   ちいさな箱で
   目覚めることが
   見上げるかたちの
   ひとつ、として
   すっかり
   穏やかです
 

    だれか、
    抱きかかえてくれますか

    それは
    怯える数にも
    勝るものだ、と
    教えてくれますか
    最後の最後まで


  行き止まる壁には
  色がありました
  すれ違ってきた手を
  ほどよく匂わすように


   やがて、
   帰らぬものをさがす日に
   泣き声はただ
   月になります

   どうか、
   続きますように
   せめてもの
   かけらが
   どうか





四 階段下は果てしなく



  階段下は果てしなく
  あらゆる定義をつぶして
  みせる

  のぼる者には延々と
  おりる者には
  刻々と


   語るなら
   陰たちのとく
   無声に届け


  階段下は果てしなく
  ひとつの素顔を
  隠してみせる

  やさしい時間の
  吹きだまり

  ぽつり、としずくが
  寄り添う
  日なた





五 捨てられた靴



  使い古した姿については
  ぼろぼろだね、と
  同意をしよう

  けれど
  わたしたちが
  聞き取れる言葉は
  そこまでだ


  知らされていないほんとうを
  伝えるすべもなく
  ひた走るような
  沈黙を

  ときどき見かける
  埃まみれに


  飼い猫まがいの手足なら
  なにをきれいに
  傷つける

  捨てられた
  そう遠くはない行き先を
  つとめてしずかに
  履きながら
  ふるえる

  風の
  おもいに





六 空からの質問



  あわてなくても大丈夫
  きみはそのまま
  泳いでゆくから
  大丈夫


   そこにあるものを
   取っておいで
   いちばん上手に
   見つけて
   おいで

   ねむれる場所は
   そのまま、がいい


  はしごをかけてごらん
  そよいでゆくから
  みんな、
  浴びたそばから
  始まりだすから


   きみは
   いくつを願うのかな

   おそらくは
   知らないうちに
   求めてしまうのだろうけど
   くすぐったい、でしょう
   あどけない
   髪には


  おそれなくても大丈夫
  抜け道はすぐにも
  向こうの方から
  訪ねてくるから
  大丈夫


   雲のすきまで
   いたずらしながら
   待ってておいで

   すきなら、
   ね





七 軒先



   軒先で待っているのは
   はじめての雨


  覚えるばかりでは
  砕いてしまう
  なにもかも

  降る音も
  そそぐ景色も
  かなしい無限として
  砕かれてしまう

  一粒よりも
  はるかにもろい
  ただ一匹の存在に



   まぼろしのような爪に
   頼るともなく
   暮らしは
 
   傾いていたのだろう
   五感をただしく
   なげうって



  ふるさとがまだ煙のうちは
  凍える季節もわるくない

  できるだけ
  たくさんの意味に
  連れられて帰りたい

  薄皮みたいな
  よろこびでいい
  だから、円く
  円く描かれ
  揺れて
  みる


   軒先で待っているのは
   おわらない雨

   ふしぎに濡れる
   傘のなか





八 ぬくもり



  ほんの小さなぬくもりに
  まどろみかけて
  おもわず、
  にゃお。

  素性はね、
  甘えていたい
  だ円です
  きっと

  格好をつけて
  するどいように
  ごまかすけれど
  見つからないかくれんぼは
  いやだもの

  いじわるしても
  遠くをみていても
  それほどむずかしい
  仕組みじゃない

  つついてごらん
  少しだけ怒らせてごらん
  すぐにもきっと
  すり減るような
  気がするよ

  こたえることで
  消えてゆくんだね
  おなじなんだね
  みんな

  だけれどそれは
  かなしい星じゃないから
  どこかですっと
  横切るよ

  必ず
  黒いかげしてさ

  さびしさの日を
  離れずに、
  にゃお。














自由詩 小詩集【にゃお。】 Copyright 千波 一也 2008-01-15 22:15:35
notebook Home 戻る  過去 未来
この文書は以下の文書グループに登録されています。
【こころみ詩集】