甘味は父が食う
佐々木妖精

犬が走り回っている
犬と犬が
たったかたったかと


飼い主の目を盗んで
逢引きに出かけたのかもしれない

たったかたったかと

路面を爪でかく
犬特有の足音


保健所に注意


そう犬笛を模してささやく



頭の外にある無意識というものが
二十年近く連れ添った犬の姿を揺り起こすのです

それは一気に瞼を多いその裏側まで侵食し
記憶が刺激され
地下室の映画館に押し寄せてくる

瞼というスクリーンを睫毛が被い
上映を告げると意識は10年前の
雨の日に飛ぶ

跳ねた先には在りし日の歌が流れ

座布団の上
お腹を出して寝ている彼の足の裏のにおいを
執拗にかぎます

ああまるで大福のようだ
粉っぽいその香りは



断末魔に飲み込まれそうになった時
ポケット犬を抱きしめ
撫でる



そうして遺影に
好物だった甘味を一つ


自由詩 甘味は父が食う Copyright 佐々木妖精 2007-11-13 00:54:35
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