彼女は一冊の詩集を抱えて
ふるる

明け闇に稲妻
白い栞のように

風は慌ててページをめくる
朝を探している


井戸につるべは落とされて
鏡が割れるように
宝石が生まれるように
しぶきは上がる

あたたかい頬で受け止めて
丸っこい名前の少女は微笑んで
枯れかけたアマリリスにも水をやる
亜麻色の髪はちょんと結ってある

スカートをひるがえしたのは風
さっと午後を運んでくる
黄色い光の
牛や羊たちがあっという間に草を食べ
青く短くなった食べ跡から
バッタやイナゴが飛び出して
コウノトリが太いくちばしでそれらをついばむ
子供たちのために

午後のお茶にはチーズが出される
母さんたちが丹精込めて作ったものだ
口に含めば
牛の乳の丸みや
チーズ棚の古臭い匂いまで蘇る
少女たちはもうひとっ走りして
ベリーを摘む

父さんが持ってきた切り株は
椅子に丁度よかったわ
蝶も座りに来るから

夕焼けはここに座って見るのがいいの
毎日違っていて
毎日素敵
花束みたいって思う
紫のリボンの

いつからか私
一冊の詩集を持つようになったわ
少し重いのだけれど
持っていると安心する

ここには多分書いてあるの
私が今まで見てきたすばらしい景色
丘を渡る風や
刈り取った草の匂いや
馬の背中の手触り
雨上がりの葉っぱの冷たさ
夕暮れに灯すランプの灯り
年とった犬のため息
野いちごのすっぱさ
それから白いレースがなびく窓や
窓から乗り出して
大好きな人に手をふる私も

一つ残らず
書いてあるの

それから何十年もたち・・・・

朝焼けに霧
絞りたてのミルクのような

風はそっとページを閉じる
彼女は年老い
永い
眠りについたのだから

彼女は生涯大切に一冊の詩集を抱えていた

全てのページはぴったりとくっついていて
開くことができなかったけれども



自由詩 彼女は一冊の詩集を抱えて Copyright ふるる 2007-09-01 22:50:56
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