創書日和。窓 【青方偏移】
佐々宝砂

すべてが逆転するという学説もあったんだそうだ
時間さえ逆行するとも言われていた

じゃあぼくたちの親が
冷凍棺桶から起きてきて
またぼくたちを叱ったりするのかな
そしてぼくたちはまた小さくなって
オムツをつけて哺乳瓶のミルクを飲んで
かあさんのあそこからおなかに戻るんだ

でもそんなことなかったから
俺たちはここでこうして
ちっぽけな窓を目視確認しているわけなんだよ
こんなもんやる必要ないんだよ
コンピュータの方がずーっと精度がいいからね
でも人間には仕事が必要だという学説があってね

そっちの学説は興味ないよ
ねえまた赤方偏移の話をしてよ

いやほんとの話
俺だってそのころ生まれてたわけじゃないんだ
親父にきかされただけだよ
親父だって親父の親父にきかされただけだ
とにかく昔むかしの大昔
宇宙はどんどん広がっていた
このちっこい窓から見える星は
みんな揃って赤方偏移してた
赤方偏移っていうのはそんなに綺麗なもんじゃないらしい
赤色巨星あたりは可視光じゃなくなって
見えなくなっちまうらしい
だけどあるとき突然
何の前触れもなく
すべての星が青方偏移をはじめた
そんな馬鹿なことはあり得ないってんで
首くくった科学者もいたそうだよ
そもそもここはステーションであって
特に動力があるわけじゃないから
宇宙が膨張を続けているなら
ここから観測できる光はみな遠ざかるはずで
つまり赤方偏移以外ありえないはずなわけだ

どうして青方偏移になったのかな
どうして宇宙は縮まり始めたのかな

それがわかりゃ俺はこんな仕事してねーよ
俺にわかるのはそろそろ晩飯だってことだ
そう窓にへばりついてたって
星が赤方偏移をはじめることはないよ
そんなことがあるのは
そうだなざっと見積もって300億年以上あとだな
俺もおまえも死んだあとだよ

流れ星くらい見えないかなと思ってさ・・・
ぼく、流れ星みたいことないんだよ
お話でしかきいたことない

残念だなあその窓からは見えないよ
おまえ科学の成績悪かったってきいたけど
ほんとだな
流れ星ってのはね
大気がないと見えないんだよ
ごくごくまれには大気なしでも
燃え上がる変なやつがいるかもしれないが
って、なんだ、あれは!
監視システムはどうだ
反応してるか

してない、みたい

何が「みたい」だ
バカたれ
とりあえず上に連絡しろ
なんで監視システムが反応しないんだ
人間の目にしか見えない?
まさか

連絡しました
ここだけじゃなくて
ステーションのどこからでも見えるそうです
ステーションじゅう大騒ぎだそうです
ぼく、行ってきます

おい、どこに行く気だよ!
おーい
行っちまいやがった
仕方ねーなークソ
飯でも食うか
あんたもしかしてあれか
ミロクだかミスラだかなんだかか
気色わりーから笑うなよゴラ
言っとくけど
俺はね
小さな窓から見える星が好きなんだわ
赤方偏移だろうが青方偏移だろうが
俺は星が好きなんだよ
このちっこい窓から見える星がな
だからどきやがれ
おまえのせいで星が見えねーよ
俺のことは救わなくてもいいからな


自由詩 創書日和。窓 【青方偏移】 Copyright 佐々宝砂 2007-06-27 11:10:12
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