僕らは僕らを生きるんだ。
もののあはれ

朝埼京線の中で
学生の頃好きだった人を見かけたよ
もう十年になるんだね
なんだかやっぱり素敵だね
青臭かった僕の見る目でも
間違ってなかったね

化粧が薄くて色が白くて
どこか悲しそうな瞳で
でも強い意志を感じる唇で
頑張っているんだね
良かったね
良かったよ

あの夏もやっぱり僕は
遠くから君を眺めるだけで
声なんて掛けられなかった
この夏もやっぱり声を掛けられないんだね
たった一駅で僕は降りるんだ
君はこの先どこへゆくのかな

僕らはすれ違い
僕らは振り返らない
僕らは立ち止まる事も無く
僕らは僕らを知らない
僕らのすべてについて

またいつか会えるかもしれないね
もう会えないのかもしれないね

君は君を生きるんだね
僕は僕を生きるんだね

開いたドアの向こう側で待っている
まぶしい夏の光が舞っているんだ

だから僕はいくよ
僕は僕を生きるんだ

     *

『あの、すいません。』

「はい?」

     *

振り向いた瞳の向こう側で待っていた
まぶしい君の姿が舞っていたんだ

さあ一緒にいこう
僕らは僕らを生きるんだ!

     *

『この電車北赤羽は止まりますか?』

「い、いや快速だから止まらないですよ。」

『そうですか、どうもありがとうございました!』

     *

記憶の片隅にすら残っていない僕を残して彼女は去った

僕らは僕らを生きるんだ!
そんな魂の叫びを飲み込む僕を車内に残したままに


乗り過ごした車窓から差し込むまぶしい夏の光だけが
いつまでも僕の瞳の中で美しく舞っていた






自由詩 僕らは僕らを生きるんだ。 Copyright もののあはれ 2007-06-23 21:30:29
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