螺旋階段はもう夏なのさ
虹村 凌

何回叩いても反応が無いドアの前で
一本だけ煙草吸う
全部が灰になる前に出てこなかったら
帰ろうと思う

疲れちまった
そんなに多くの季節を越えた訳でも無いけど
この階段も幾度となく昇り降りして
四階のこの部屋の前で何度もさようならをして
いつも吹き抜けの下を眺めて
煙草を吸っていたけれど
もう疲れちまったよ

放り出したままの4×4ルービックキューブ
一面だけ完成した3×3ルービックキューブ
山積みにされた漫画も読みきって無いのが大半
もう長い事古本屋にも行ってない

何処にも帰りたくない
そんな戯言を真面目な顔をして聞いて
朝まで吉祥天の前でおしゃべり
どっちが吉祥天だかわかりゃしねぇ

真夜中のブックオフでついていけない二人の会話に
取り残されたように世界文学を手に取って
存在の不安なんぞを考えてみたけど
どうも今一しっくり来ないんだ

お前なんか
自転車の後ろの子供席に載せられて
遠くに行ってしまえばよかったんだ

嘘ばっかりだ
誰も嘘なんかついてないし
嘘かどうかを知る必要が無いから
嘘ばっかりになって
何だか疲れてしまったよ

二本目の煙草に火を付けてしまった
どうせ出てきやしない

一段目を昇る緊張感も
今じゃちっとも思い出せない
何時しか合鍵も回らなくなって
どうしちまったんだろう
何で俺はここにいるんだろう
こんなに疲れてるのに

珈琲も要らないし甘いお菓子も要らない
シャワーもベッドも暖かい抱擁も要らない
もうまっぴらだ
疲れてしゃがみこんで
何してるんだろう

一番下で誰かの足音がする
重い腰を上げてポケットを探る
もうとっくの昔に使えなくなってた合鍵
新聞受けに入れて
やっとさようならだ
ドアの前の二本の吸殻を
吹き抜けに蹴り入れて
新しい煙草に火を付ける
それなのにこの階段は
何だか夏の匂いがするんだ

一段づつ降りていく
夏の匂いが濃くなっていく
どこかで嗅いだ夏の匂い
もう忘れたと思っていたのに
情けないったら無いぜ

三階ですれ違った白長い影に
思わず振り向いて笑う
疲れちまったよ本当に
さっき落とした煙草が俺を追い抜いて
何処にも帰りたくないって呟いた
呟いてから秋の匂いに気づいた

あぁ
もうイカれちまったんだな
疲れたんじゃないんだ
笑っちまうぜ

白長い影は四階に付くと
鍵の音をジャラジャラさせてドアを開けて入っていった
音だけ聞こえて

壁によりかかる
風の強い日だったのか弱い日だったのか
もう何も覚えちゃいねぇ
もう何も覚えちゃいねぇ

二階
ドアの向こうは
どうなってるんだろう
外に出なきゃ
息が

まる


まぶしい
こんなにまぶしいのに
さむいんだ
疲れてんだな
きっと


自由詩 螺旋階段はもう夏なのさ Copyright 虹村 凌 2007-04-30 13:22:00
notebook Home 戻る  過去 未来