季節外れに壊れた扇風機

わたしがこの家にやってきたのは
もう十七年も前のこと
途方もなくよく晴れ渡った
それはそれはなんの変哲もない
おだやかなある秋の日
一機のエアプレーンとともに
デパートで買われたわたしは
なんの感慨もなくこの家にやってきました
その日も窓の外では
夥しい数の洗濯物が風に揺れていた
と言います

やがて壁に掛けられたわたしは
晴れの日も、晴れの日も
そぼふる雪の日も
この部屋の虚空に向かって
顔色ひとつ変えず
ただ
現在の気温を示し続けていた
と言います
わたしを壁に掛けようした主人が
釘を打ち損じたときに、ぽっくり出来た
壁の黒い穴も
わたしと同じように、ただ
いつまでも何もない虚空を見つめ続けていた
と聴いています

ほんとうにほんとうのところは
わたしの身体に等間隔で刻まれた
何かを計測するためのメモリと
赤い液体は
いつまでたっても何も示していなかったし
いつまでたっても
壁の黒い穴と同じように
わたしはわたしじゃなかった
とも聴いています

わたしがこの家にやってきてから
もう どのくらいの時間が流れたのか
わかりませんが
すっかり大きくなった主人が
ガラガラと窓の外から帰ってきて
腰も下ろさず
ふらふらぐにゃり
そのままベッドに倒れ込んでしまった
夜半過ぎのことです

その日は
まだ春だというのに
ひどく蒸し暑かった
と言います
わたしの身体の赤い液体は
ちょうど
二十六と、七の
あいだのメモリを指していた
と言います

いっこうに寝つくことができず
もそもそとベッドから這い出てきた主人は
煙草に火をつけて、床の上に座り込み、
しばらくのあいだ、放心
やがて
急に
何かを思い出したように
むくと起き上がり
薄暗い部屋の中をぎしぎしと歩き始めました

主人は、そのとき
扇風機
を探していた
のだと言います
扇風機といってもそれは
土台の部分がクリップで出来た
便利な小型機だった、と言います
そもそもちゃんと電気をつけていればよかった
とも言っていました

扇風機は
きょねんの秋から、ずっと
埃をかぶった本棚の二段目の角の絶壁に、
クリップひとつで、
取り付いていて、
主人が最後にスイッチを切ったときの体勢のまま
首が、ありえない方向を向いたまま、
止まっていた、
と言います
そうして、暗闇のなか
ようやく扇風機を見つけだした主人が
あさっての方向を向いてしまっている扇風機の首を
しかるべき角度に正そうと
ぐいと捻った途端に
バキンと折れてしまった扇風機の首は、本棚の断崖を転げ落ちた―


まだ春だというのに
その日は
うだるように蒸し暑かった
と聴いています

そうして
季節外れに、無理矢理壊してしまった
小型扇風機の無残な姿に
むしょうにやりきれない気持ちになり
ややあって
床の上であさい眠りに落ちた主人

そんな主人の寝姿をみて
少し健気に思う
いつかのわたし


自由詩 季節外れに壊れた扇風機 Copyright  2007-04-21 00:17:35
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