創書日和。縁 【世界の縁に立つ三つの肖像】
佐々宝砂

1.

高く掲げた手のさきには指がなかった
ただ丸い肉塊である手は
指を持たぬのに天を指さした
天下人と呼ばれた男は
その指のない肉人を
食えばよかったのに食わなかった
食われなかった肉人は
コトバによる点線で描かれた画となって
駿府城の石垣に潜む
足のある蛇たちが
石垣をにょろつく朝も
決して積もらない風花が
はらはらと光る朝も
ナンキンハゼの赤い葉が
かろうじて枝にすがる朝も
肉塊はしずかにねむる
指のない手で天を指さす肉人よ
まだ時ではない
ねむれ
駿府城の石垣もまた
世界の縁のひとつではあるのだから


2.

世界の果てのレストランに
あのひととのディナーを予約してある
なんの記念日だったか忘れてしまった
忘れてしまっても大切な大切な記念日の
大切な大切なディナーを
あのひとはもちろん
記念日のこともディナーの約束のことも
すっかり忘れて果ててしまっているから
きっと来ない
わたしは世界の果てのレストランで
じっと待っている
収縮してゆくのか
それとも拡散してゆくのか
宇宙の卵なのか
宇宙のなれの果てなのか
いずれとも定めがたいカオスを窓の外に眺めて
いつまでも待っている
呆れ顔のウェイターが
何杯目だかわからない珈琲を運んでくる
わたしはシュガーポットの蓋を開けて
四角く切り取られた世界の縁のかけらをつまみ
熱い珈琲にぽとんと落とす


3.

ここから先は滝なのだ
時間も空間もすべて雪崩落ちてゆく滝
滝の向こうにはなにかがそびえるが
あれは
あれについて
あれは語り得ない
わたしはあれについて語る言葉を持たない
リーチピープに連絡しておいたが
あいつはちゃんと待っててくれるか
わたしはあっちまで行けるのか
滝のそばにはどこまでも続く真っ白な壁があって
真っ白な子羊が一匹
私を屠れ
私を食え
と強要する
そんな料理は世界の果てのレストランでさえ
出しゃしないと思う
徳川家康だって食わないと思う
ましてわたしは
ここが世界の縁だとして
子羊はあのかたの化身であるとして
でも
わたしは一歩も進むことができない
彫像のように
ただかたまっている



自由詩 創書日和。縁 【世界の縁に立つ三つの肖像】 Copyright 佐々宝砂 2007-04-17 20:45:37
notebook Home 戻る  過去 未来
この文書は以下の文書グループに登録されています。
創書日和、過去。