繁殖用
チアーヌ

狭い檻に入れられて
ぼうっと人の足を見ている
スリッパの音がうるさく
臭い匂いで頭が痛くなる

おとといシャンプーを
してもらったので
わたしの毛はつやつや
ショーに出る訳でもないわたしが
洗ってもらえるのは
近いうち
男がくるから

生まれたときのことは
覚えていないし
産んだ子供の数も
もちろん
覚えていない

でも
たまに思い出すこともあって
かわいかったなぁと
つぶやいてみたりする

寝ていれば日々が過ぎていく
エサを取りに行かなくてもいいから
ラクだよと
仲間が言う時もある

ほんとにそうだろうか

わたしは子供を産むのが仕事
ショーに出るには腰骨が出すぎているが
繁殖には良いとのことで
屋敷の隅の檻で
そっと生かされている

晴れた日曜日
わたしは久しぶりに
檻の外に出された

はしゃいで飛び回るわたし

運動場で遊んでいると
しばらくして
誰かが
檻に入れられて
やってきた

血統の良い
ドイツシェパードのわたし
相手ももちろん
毛並みのいい男

別に誰でもいいのだ
どうせ選ぶことはできないのだから

運動場に放された彼は
わたしのそばへ来ると
耳元でこっそり
ささやいた

「逃げようぜ」

わたしは驚いて
彼を見る
凛々しい姿の彼はでも
結構年上のような気がした

「どうして?」

わたしは尋ねた
逃げたらどこへ行けるのだろう
この屋敷の外には
一体何があるのだろう

「僕は間もなく処分されるから」

彼には寿命が来たのだろう
生命のではなく
繁殖用としての

わたしは彼を見つめる
彼は言う

「僕と一緒に逃げよう。そして遠くへ行こう。
 安全な場所に家を作り、子供を産み育てよう」

わたしはぼんやりと考えた
そんなことができるのなら、どんなに幸せだろうかと

わたしもそろそろ
処分されるときが
近づいている気もするし

そのとき
わたしの心の中で
何かが起こった
わたしは彼のことを
好きだと思った

彼とわたしは性交した
いつになく長い性交だった

「逃げよう」
彼は何度も繰り返した
「あいつらを噛み殺し、逃げよう。
 ぼくらにはそれができるはずだ」

けれど間もなく、わたしたちは引き離され、
彼は檻に入れられ去っていった

檻に入れられるとき
彼は微かに唸った
でもそれだけだった

わたしは彼の子を宿し
檻の中で出産した

「あいつ、処分されたらしいよ」
仲間が教えてくれた

わたしは決意した
この子たちを守らなければならないと

檻の中に寝そべりながら
わたしは機会を伺ってる

今度檻が開いたら
わたしはあいつらをひとりづつ噛み殺し
子供たちと共に逃げるのだ

繁殖用のメス犬だと
甘く見ているあいつら
わたしの男を
簡単に処分したあいつら

わたしにも牙があるのだ
忘れているようだが

スリッパの音を響かせて
歩き回るあいつらの足を
眺めながら

わたしは夢想する
そして機会を伺っている

いつか
きっと


自由詩 繁殖用 Copyright チアーヌ 2004-04-27 17:11:10
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