「 ケタ。 」
PULL.







あの夜、
ケタの顎を蹴り砕いたこと、
今でも後悔していない。
いつも間違いばかりしていたけど、
あれだけは後悔していない。

ああしなければ、
ケタはまたケイサツに捕まって、
今度はネンショじゃなくて、
ホントのムショに入れられて、
そこでもっと、
わるいものを覚えて帰ってくる。
きっとそうなる。
だから…。

だからおれ、
そうならないように、
ケタの顎を蹴り砕いて、
病院に入れた。


病院に見舞いに行った時、
ケタはあの夜とは別人みたいに、
澄んだ目をしてた。
退院したら車の整備工場で働くんだって、
それが小さい頃からの夢だったって、
目をキラキラさせて、
そう言ってた。

退院した後、
ケタにはホゴカンが付いた。
すごく厳しくて、
ウザいジジイだけど、
すげぇ親身なジジイなんだって、
ケタ、
最初の手紙に書いてた。
のたくったすげぇ下手な字で、
そう書いてた。

ホゴカンから紹介された整備工場で、
ケタは朝から晩まで働いた。
油まみれになって、
働いた。
こんなに夢中になったのは、
リトルリーグ以来だって、
次の手紙に書いてた。
相変わらず、
すげぇ下手な字だったけど、
もうのたくってなかった。

仕事を覚えて、
今の生活に慣れたら、
夜間のガッコウに通うんだって、
もう一度勉強し直したいって。
やっぱり、
すげぇ下手くそだけど、
でも読みやすい字で、
そう書いてあった。
それが最後の手紙だった。


車検の納車の途中、
ヤクチュウの車に追突され、
ケタは死んだ。
即死だった。
ホントならケタは、
その車に乗っていないはずだった。
その日は休みのはずだった。
だけどケタは、
少しでも早く仕事を覚えたくて、
センパイの納車に付いていったんだ。

相手のヤクチュウは、
ケタと同じ、
ネンショの出身だった。
そのネンショから出た後、
ヤクチュウはすぐに、
ショウガイでムショに栄転した。
栄転先のムショで、
ヤクチュウはわるいものを覚えた。
たっぷりわるいもの覚えさせられた。
ムショから帰ったヤクチュウの周りには、
誰も、
いなかった。

ケタとそのセンパイ。
ふたり殺したヤクチュウは、
でも怪我ひとつなくて、
ムショに戻った。
出てくる頃は、
倍の年になってる。


収骨の時、
ケタから針金が出てきた。
砕けた顎を止めてた、
針金だった。

ケタのお母さんが、
それをくれた。

「慶太をいつもいつも、
 ありがとうございました。」

泣きながら、
何度もそう言って、
おれに針金をくれた。

焼けた針金は、
くすんだ色をしてる。
涙が、
止まらなかった。


あの夜もそうだった。


ケタが暴れてる。
やばいものに手を出して、
錯乱して、
ナイフを振り回してる。
あの夜、
そう連絡を受けた。
近くで飲んでたおれは、
すぐに現場に駆け付けた。

暗い路地裏で、
ケタが吼えていた。
ナイフを振り回して、
おれの知らないケタが、
吼えていた。

ケタが振り向いた。
おれに気付いた。
血走ったケタの目が、
おれを見た。
言った。

「…さん、
 おれもうつらいんです。」

ケタは、
泣いていた。
ケタもおれも、
みんな泣いていた。

「ひとりじゃおれ…。
 寂しいんです。 
 だから、
 一緒に死んでください。」

ケタが、
襲いかかってきた。
血に濡れたナイフが、
ひどくきれいに見えた。
あれは誰の血だったのか。

足が、
先に動いた。

靴底から伝わる嫌な感触に、
おれは安堵した。
砕けた顎を押さえ、
のたうち回るケタは、
おれの知っているケタだった。


あの夜、
ケタの顎を蹴り砕いたこと、
今でも後悔していない。
だけど…。
だけどどうして、
今もこんなに、
夜が苦しくなるのだろうか。












           了。



自由詩 「 ケタ。 」 Copyright PULL. 2007-03-08 08:06:51
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