「 つめたい家。 」
PULL.







妻が子を産んだ。
女の子である。
わたしの子ではない。
山神さまの子だと妻は言う。
山神さまの子は妻に似て、
肌が白い。
むずかると、
白い肌を紅くして泣き叫ぶ。
そんな姿も妻に似ている。




冷たい家の中では、
その泣き声は、
よく響く。
ひびく。




おしめを替える。
山神さまの子はじっとわたしを見ている。
おしめは完全に凍る前に替えなければならない。
わたしは手慣れている。
熱湯に浸した手でおしめを熔かし、
凍って張り付いた尻から、
ゆっくり剥がす。
汚物はやわらかい布か、
それがなければ舌で舐めて取る。
妻はいつもそうやってきれいにしている。
山神さまの子はまだ幼く、
体温を調整できない。
だから完全に凍ってしまう前に、
こうやって溶かしてやらなければならない。
そうしなければ山神さまの子は凍ってしまう。
死んでしまう。
死んでしまえば、
ただの氷となって、
あの子は熔けてしまう。
熔けた。
なら、




冷たい家の中では、
その子どもは、
よく凍る。
こおる。




おしめを替えると、
山神さまの子は決まって、
抱っこをせがむ。
わたしの服の裾を引き、
妻とおなじ目で抱っこをせがむ。
山神さまの子は妻よりも冷たくて、
すこし痛い。
痛くなる。
わたしはいつまでも抱っこするので、
わたしの胸は凍傷だらけになる。
わたしの心はもう熔けている。
山神さまの子は、
この子は、




冷たい家の中では、
わたしの心は、
よく熔ける。
とける。




やがて日が暮れ、
闇が掛かる。
妻が帰ってくる。
妻はその夜の飯を炊き、
家族の晩飯を作る。

わたしは妻の炊いた冷たい飯を食べる。
わたしの妻は産まれたばかりの娘に乳をやる。
わたしの娘は妻の冷たい乳を美味しそうに飲む。
晩飯が終わるとわたしはまた娘を抱く。
わたしはいつまでも抱っこするので、
わたしの胸は凍傷だらけになる。
わたしの心はもう熔けている。


わたしたちは家族である。












           了。



自由詩 「 つめたい家。 」 Copyright PULL. 2007-02-06 08:12:42
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