記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」
虹村 凌

久しぶりに、続編を書こうと思う。
書こう書こうと思っていたが、すっかり忘れていた。
ポイントを貰った事を切欠に、また書き始めようと思う。
更に記憶は薄れている。しかし、どうにか書ききるまでは…。
忘れるわけにはいかない。
多くの人を裏切り、傷つけたこの出来事を、俺は忘れる訳にはいかない。
覚えている限りの事を、記していこう。


第七ニューロン「外は春の雨が降って」


その頃の俺は、アトピーの症状が一番に酷い時期で、
また別のエッセイを読んで頂ければ、その様子がわかると思うが、
とても見られた顔じゃなかった。
古い皮膚が剥がれ落ちず、層を成しており、顔の表面はでこぼことしていた。
常に黄色い体液が滲み出し、触れれば鋭い痛みが走る。
俺は、そんな自分自身の定めを、心から恨んでいたし、
こんな体に生んだ両親を憎んでいた。

今は、そんな事は無い。心から感謝している。
何か苦しみを乗り越える事は、こういう心境の変化をもたらすようだ。

俺は留学の為に、TOEFLの勉強をしていた。
勉強の合間に、何か時間を見つけては、舞子にメールをしたり、電話をしたり。
いや、俺はその頃、普通自動車免許を取るために、
実家の近くの自動車学校に通っていたのだ。思い出した。
その帰り、必ず電話していた気がする。

何時だったか忘れたが、モーニングコールをしていた時期もあった。
朝一番の舞子の声は、寝ぼけた、少し絡みつくような甘ったるい声だった。

俺は、懸命に、下手な台詞を並べては、舞子を口説こうと必至だった。
同時に、侑子とも頻繁にメールをやりとりする。
時々、電話もするようになった。
続かない会話、何の為にしているのか、俺はわかっている筈なのに、
それを隠し通して、侑子とのメールや電話を繰り返した。
俺にとって、侑子は舞子を嫉妬させる為の駒でしかなかった。
全ては舞子の為に、俺の力は注がれていた。
金も、時間も、思考も、詩も、黒鉛も、消しゴムも、ノートも、全てが。


「外は春の雨が降って、僕は部屋で一人ぼっち。
夏を告げる雨は降って、僕は部屋で一人ぼっち。」
TheBlueHeartsの真島氏の歌詞であるが、
この歌詞がこんなにも頭から離れないのは、
その時の状況が、あまりにも重なり過ぎるからだあろう。
俺は一人ぼっちだった。
舞子はなかなかこっちを向いてくれない。
彼女が見ているのは、俺じゃない。「憂治 誡」なのだ。
詩を書く「憂治 誡」なのだ。悔しいじゃないか、それは俺だというのに。
いや、違うのだ。
違う。
それに気付けなかった、俺の、敗北。

俺達が会う日は、大抵雨が降っていた。
五月、六月。雨ばかりだった。何時も雨だった。
3年ほど前に、雨の降る朝に舞子の夢を見た事がある。
俺は悔しくて泣いた。
雨にそこまで反応してしまう自分自身が、情けなくて、悔しくて、泣いた。
とにかく、梅雨があけるまで、雨ばかりだったと思う。

梅雨前線が東京を越え、北上して行く頃には、もう夏の匂い。
千歳烏山で会ったのを覚えている。何処だかでカレーと食べた舞子。
俺は何を食べた?覚えていない。俺は何を食べたんだ?
覚えているのは、君が家にいる母親を疎ましくおもっていた事。
彼女の母親は、本来なら家を出て学会に向かっている筈の時間。
それでも、原稿が終わらず、ギリギリまで書いているとの事。
俺の帰省時間も迫っている、
結局、その日は彼女の家に行く事が出来なかった。
先延ばしにされた、快楽の時間。待ち遠しい、笑み。
京王線の駅でイチャイチャとして、東京駅まで一緒に向かう。
改札を出る前に、俺は口付けをした気がする。

ねぇ、もう色々と覚えていないよ。どうだったっけね。
人間の記憶は適当だね。笑えるよ。

何時だったか、また俺が上京して病院に行った時の事。
帰りに友人宅に止まり、少し語って、眠りについた。
よく朝起きたら、ベッドにはエナジードリンクがあった。
布団の中から、友人はそれを指差し、親指を突きたてて、また眠りについた。
俺はそれを鞄に放り込んで、舞子の住むつつじヶ丘へ。
予定より、かなり早く着いてしまったので、コンビニで時間を潰していたはずだ。
舞子がコンビニまで迎えに来た。
いよいよ、彼女の家へ。

非常にどうでも良い話だが、
この日、御題を決めて、イラストを書いてくる、と言う遊びをやった記憶がある。
御題はスピッツの歌「スパイダー」。
結局、俺のイラストはhideの「ピンクスパイダー」になってしまったが。

彼女の部屋で、何かの匂いを嗅いだ。
何の匂いかは今でもわからない。
同級生の話、俺の字に似た癖を持つ女の子の話、
色んな話、ハグ、キス、ハグ、キス、突き放す、微笑み。
ギラギラした俺を見た彼女は、嫌になったらしく、
その日は何もせずに、俺は帰る事になった筈だ。
いや、口でしてもらったのかも知れない。
多分、そうだろう。そのはずだ、多分。
彼女の家に、初めて行った時は、何も出来なかったはずだ。
お前等は、ギラギラしているか?

友人にメールを送る。
「今日は何の日?正解は仏滅でした!」
笑いを忘れない道化師は、一体何を考えていたのだろう。


散文(批評随筆小説等) 記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」 Copyright 虹村 凌 2007-02-06 02:15:06
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