記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」
虹村 凌


第八ニューロン「ゲス野郎」


実家から、電話する。何の用件で電話したのか、忘れてしまったが、
喧嘩腰で何かを話していた気がする。
その時に、色々と聞いた、女の子の事、妊娠の事、覚悟の事。
確か、俺は泣いていた気がする。思い出せない。
どの電話で俺が泣いたのか、何で泣いたのか。
ただ、実家にいる時に、そんな電話をしたのを覚えている。
何度目の電話だった?何時の電話だった?
もう覚えていないけれど、俺は確かに電話をしたし、泣いたんだ。

電話と言えば、俺は嘉人に何度か電話をしたのだが、何れも通じる事が無かった。
舞子が連絡を取りたいのに取れない、と言うから、俺が橋渡しを買って出たのだ。
繋がらない電話が、一度だけ繋がった事がある。
正直に言おう、俺はつながった電話を切ったのだ。
ここで話が繋がってしまえば、俺と舞子はおしまいになる、と。
受話器をたたきつけて、そ知らぬ顔で「電話が繋がらない」と伝える。
笑えよ、俺は卑怯者だ。


この夏の間に、俺は岐阜に向かった。
長良川の花火大会に行くために、侑子に遭うために。
舞子に振り向いて欲しくて、その為だけに岐阜に向かった。
舞子とお茶をしたり、御話したりで、夜行バスに乗り遅れた。
その時の話も、別のエッセイに記してあると思うので、割愛させて頂く。
結局、俺はどうにか侑子に会う事が出来た。
舞子の事ばかり考えていた。
その頃、舞子は田村 ゆかりに、俺の事を話していたらしい。
俺がどれだけ使えない人間であるか、どんな人間であるかを。
今も、ゆかりが俺に対してよい感情を持たないのは、
その時の舞子の話が全てだろう。

少しだけ思い出したけれど、それぞれの出来事が、もういつの日かも覚えていない。
ただ、太陽が毒々しく空に輝いている日に、舞子は俺を口に含んだ。
前章で書いたのは、それだ。
あまりにも毒々しく、燦々と照りつける太陽、気色の悪い俺の顔。
彼女は体調を崩し、家で寝ていた。
いや、途中まで送ってもらっただろうか。道は覚えているか?
今も、行こうと思えば行けるのかも知れない。よくわからない。

あれは少し曇った日だろうか。俺があまりギラギラせずに済んだって事は、
きっとそういう事だろう。少し曇った日に、俺は何度目かの彼女の部屋への訪問。
何をしたのか覚えていないけれど、まだ早い時間だった気がする。
俺がどうして、そんな自由時間を得る事が出来たのだろう。
無理矢理にでも、理由を作ったに違いない。

結果だけを言えば、俺は舞子と番った。
初めてのセックス。
まだみんなが会社へ向かう途中、そんな時間だったかな。
九時、いや十時かも知れない。昼前の情事、遮光カーテンが部屋を暗くする。
何も音の無い部屋、CDケースに幽かな光が当たって、天上に反射する。
懇願するように舞子を抱いた俺と、見下すかの用に、俺に組み敷かれた舞子。
繰り返す、何よりも空っぽな「愛してる」と言う台詞、
求めたキスは宙を切って、それを俺は拒絶だと思った。
初めてのセックスは、思ったよりもあっけなくて、
結局は最後までする事が出来なかった。
幻想も何もかも打ち砕かれて、残されたのは現実だけ。
一緒になんてなれないし、特別に綺麗でもないし、世界が変わる訳でもない。
彼女は口でしてくれた。覚えているのは、妖艶な姿だけ。
醜い芋虫が二匹、遮光カーテンの向こう側で戯れる。
この時、私が懇願する最後に吐いた台詞は、
今でも私は後悔しているし、何処かに書くべきじゃないと思う。
いや、いつしか書く事があるだろう。
なんらかの形で発表する事があろう。
その時に、これを覚えていたら、それは本当に俺が吐いた、信じがたい台詞だ。

その後、私達は仙川駅で向かった。俺が通っていた小学校に行った気がする。
大きく見えたものが、小さく見えるのは、セックスをしたからではあるまい。
仙川駅周辺は、もう大きく変わってしまっていて、随分と賑やかになってしまった。
昔の雰囲気、俺は凄く好きだったのにね。
俺は広場の近くで腰を下ろして、たこ焼を食べていた気がする。
一口茶屋の、たこ焼だと思う。一緒に食べた。
雨が降り始めた気がする。そうして、帰った気がする。

その日、俺は侑子に電話したと思う。舞子を抱いた事を伝えるために。
俺は泣いていた。咽び泣いていた。後悔していた。
侑子を巻き込んだ事を。
それも半ば計画的に、彼女が激しく傷つくことをわかっていながら。
彼女は冷静に、俺を見下したように電話を切った。

彼女の友人に聞いたところでは、侑子は一週間ほど、拒食状態に陥ったそうだ。


散文(批評随筆小説等) 記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」 Copyright 虹村 凌 2007-02-06 02:44:31
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