蒼カビが生えたらさようなら
蒼木りん

なににも負けない柚子の香りにひかれて
家につれて帰った
冬なのに
ここには
まだ雪が降らない
一度も白を見ることもなく
この季節が過ぎてゆく気がする
寝ぼけた春を思い浮かべて
重たい気分になる
湿り気を帯びた
雪の下の土のような
その先の
タンポポのような
わたしはわたしであって好いのだ
という確定と
世間からの逃げともいえる
臆病と怠惰の感
けれど
曇り空よりも
風の日が嫌いになった
揺すられるのが苦手
自分を
世間の歩調に
合わせなくてはと思えば
いつの間にやら
老けた顔になってしまった
柚子や
オレンジは
味覚よりも嗅覚で反応する
柑橘を食べるときは死ぬ思い
わたしはいまでも
半分寝ぼけた世界にいるのだから
半分寝ぼけた世界にいたいのだから
それでも
進化することはあっても退化することはない
夜が好きで冬眠もする
人間であっても
人でないのもたくさんいる
人でないなら
わたしはなになのだ
降ることは降っても
積もるほどの
拘りも根性も不器用さもないのだ
あるいは
それを必要としない
あるいは
初めからない

夜が夜でなくなる雪明りを
しばらく見ていない
わたしはそこに
帰るべきなのかもしれない
閉ざされた
深雪の中
薪で焚いた風呂に浸かる
柚子を浮かべて
いつの時にいても
迷いが生まれる
この泡の粒のように
拭っても拭っても
ああ
いまわかった
わたしの前世は
たぶん
愛媛か宮崎か高知か静岡か和歌山かどっかの
みかんだ
蒼カビが生えたら
さようなら





未詩・独白 蒼カビが生えたらさようなら Copyright 蒼木りん 2007-01-13 00:05:05
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