神様がやって来た/熊倉ミハイ
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- りつ 
いらっしゃい。^^
お待ちしてました。
>この手に
>神様は僕らを動かない
とかもろもろあちこちで
で苦戦中。(冷や汗)
コメントは明日の夜になります。(明日は病院なので)
---2025/09/18 21:06追記---
☆ミハイさんの詩は、いつも(私にとって)謎かけなんですよね。苦笑
まず、「この手に」ってことは、神様は大きさを自由に変えられること、神様を呼び出したのが、僕であることだと思います。
次に、「何回か陽をつぶした」。僕は人間なのでしょうか?「日をつぶす」の詩的な書き方かな?と思うのですが…。なぜって、「潰す」じゃなくて「つぶす」だから。あ!閃いた。「まばたきした」ってことだと思います。
で、最後に神様の正体ですよね。僕は明らかに怖がっています。何故?
これ、神様と言う名前の自分の中の弱さだったり、悪を為すこころだったり、という抽象的なものが実体化したという意味じゃないですかね。つまり、自分が抱く自分自身への恐れ。

で、こっからなんですが、一生を賭けて向き合う「テーマ」を決められたんですか?「スキップ」も「僕」は悪魔という罪人だと読めたし。
超常的なものがお好きなのですか?神や悪魔と言うものが。そしてそれは人間の内に宿っており、逆説的に言えば、人間そのものが超常的な存在になれるということなのではないですか?
更に続けますが、ワンパタ化を避けるために、常に新しいアプローチが必要ではないか?と思います。例えば、「神(内なる強さ)」と「悪魔(内なる弱さ)」が戦ったら、どうなるのか?とか。
肉体は悪魔に属し、精神は神に属すと聞いたことがありますが、精神と肉体が葛藤すれば、どうなってしまうのか?とか。
まあ、ミハイさんなので心配していませんが、悩み過ぎた時は、スポーツで汗をかいたり、何かで大笑いしたり、と、オンオフの切り替えをしっかりしないと、アチラ側の世界に行ってしまうので、ご注意を。
現フォは1日三詩投稿できますので、気分転換に笑えるおバカな詩など書いてみてはいかがでしょうか。

明日までかかるかと思っていましたが、ではでは、失礼致しました。
- 足立らどみ 
- 洗貝新 

いらっしゃいませ。ミキ様神様熊倉様。さすがこれが熊倉流風刺画像だと思えば超うれしくなり、神様の正体を裃から眺めてみたくなりました。
どうぞお気楽にエログロナンセンス。超摩訶不思議な読み物を書き込んでくださいませ。笑。楽しみです。



---2025/09/19 02:02追記---
 
作者より:
現フォ、初めてで……こちらで返信という形になるんでしょうか?
まず、りつさん、コメントありがとうございます。神が、大きさを自由に変えられる、否、変えられていくものであるというのは、この詩では大切にして書いたように思います。また、祈る手に、瞬間的に宿ったり、そもそもカーテンを開く「手」が無ければ、この詩においての「神」を視認できない(詩が始まらない)、といった事もあるのかなと、思います。
「陽をつぶす」→「まばたき」という解釈は面白いですね…。一方、文字通り、ここではスクイーズのような小さい「陽」を指で握ってつぶす軽い感覚もあると思われます。これは、りつさんのおっしゃる「神や悪魔」というテーマの散見にも繋がりそうで、要は、私にとっては「神や悪魔」たちはすぐそこのおもちゃ箱にドサッと積まれている感覚で、安易に取り出しやすい(勿論「陽」も)。それこそ謎かけの謎のための依り代自体に「神や悪魔」を使うという逆転、代数Xとして現れてきやすいのかなと。
ただ、今直近20篇(ほぼ未公開のもの)をざっと見返して来ましたが、露骨に神や悪魔のようなものが出てくるのは5篇だけでした(それでも多い方ですかね?)。ワンパタ化は偶然かもしれません。また、どんな詩にも神性は宿るもののようにも思うので、解釈次第かもしれませんね。
長々と書きましたが、いわゆる「神や悪魔」といったものはやはり奥にある罫線のようなもので、でも媒体としての材質が良かったから選んでしまう。「肉体と精神」も、分かりやすい罫線で歪ませがいがありますね。
まだまだ、楽しんでいただけると幸いです。(気ままな作品は、気が向いたら書こうと思いますw)


洗貝さん、コメントありがとうございます。エログロナンセンスを、再度、自分にも世にも強く問いただす、ことが必要だと、胸に刻んで書いてゆきます。よろしくお願いいたします。

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