琥珀の月/303.com
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- おぼろん 
「詩人」が演劇における「道化」のように描写されているのが良いですね。「詩人」に愛を持ちつつ、きちんと突き放している。何度か読み直して、「彼」? え、「誰」? と思い。ああ、「眠るように死んだ」人かあ、と。全体的に詩人(ここでは括弧なし)に対するレクイエムのように見えて、実際は「詩人」は生きている。死んだのは「彼」のほうである。そしてまた思うのです。「彼」? 「誰」? と。ここで「彼」は読者だとか、「彼」は作者だとか、思うのは多分つまらないことです。ソフォクレスの戯曲のように、作者はしっかりと作品の外部にいる。では、これは抒情詩ではなく叙事詩なのだ……と。「抒情詩」「叙事詩」を単純に対比すること、そのようなカテゴライズでしか詩を見ないことを、わたしは愚劣だと自省するのですが……。多分、「月の明かりのように美しい」と、読み手は思えば良いのでしょう。全体を読んで初めて、ああこの詩のタイトルは「琥珀の月」だった、と思うのです。タイトルから来るべき文章を推測するのではなく、全体を読んでその看板のようにタイトルを思うのではなく、タイトルはタイトルとしてあり、詩は詩としてあり……そのために「詩人」という存在が必要不可欠だったのでしょう。「時間」ということを廃除して考えれば、この作品における「タイトル」と「内容」とは、それぞれ独立している。それが混然一体となって、「タイトル」と「内容」とが和解するとき、初めてこの詩が「詩」として輝き始める。そんなふうに感じました。佳作ですね。傑作と言っても良いです。「彼」=「月」という読みは多分間違いなのでしょうね。作者が「彼」=「月」と言ったとしても、間違いなのです。そんなふうに生命を持っている詩だと感じます。
- 本田憲嵩 
- レタス 
- アラガイs 

~いかがわしい琥珀の月~これはないよな。全部もってかれるよな。とは思いまするがなかなかよく書けてる。
- ヒロセマコト 
 
作者より:
ポイント有難うございます。

朧月夜さん、アラガイsさん

いつもコメントありがとうございます。
昔から、詩の出来栄えがどうであるかよりも、実生活が安定することを優先しています。
読んで下さる方がいて、良い方に受け止めてもらえるのは、励みになります。
わたしたちはリッツォスじゃないのです。(この詩人もネットで教えて貰いましたが、よく知りません。悲惨な境遇にも関わらず詩を書いていた、という程度の意味です。)

マイペースに書いていきたいと思います。

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