殺しの法悦/salco
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- アラガイs 
なかなか強烈に響くがけっして下品ではない。ぐぅー


- 山人 
さっぱりしました。
- 恋月 ぴの 
- 乾 加津也 
スーパーにいきハムを手に取ったとき
この詩が襲い掛かってくる自分を想像してしまいました
くわばらくわばら
- 高梁サトル 
人間的、あまりにも人間的。
私は偽善により何度もベジタリアン化いたしました。
夏には血液検査でひっかかることしばしば。
人間は人間を特別と思わず、残酷な動物だと思い知る/言い切る責任を追うべきです。
---2010/10/16 04:48追記---
心の闇という語源をつくったのは尾崎紅葉でしたか。
後世でこのような使い方をされていると知ったら本人どう思うでしょうか笑
 
作者より:
本田憲嵩様 : お目に留めていただきありがとうございました。
寝太郎様 : お言葉も下さりありがとうございました。本能を「心の闇」で片付け口を拭うクソ野郎どもに向けた呪詛なので、ばっちい言葉の羅列なんでちゅ〜❤
山人様様 : お言葉も下さりありがとうございました。殺人実行犯と「殺さない」私達との立脚点は、実は近値に在るという事を常々考えております。 
sadame2様 : お言葉も下さりありがとうございました。無論、言葉は両刃ですから、特定個人や民族に向けるのは人間として恥ずべきです。 
が、現実的に人間は、人間社会はこれを平然と行なっている。人が理由なしには人を愛せないように、理由さえあればどんな残虐非道も行なうという事です。
例えば軍隊ではブートキャンプで個人を徹底的に否定する。自尊心を踏みにじり、意思、思想信条を取り上げ、命令系統への絶対服従を条件反射化して行く。実戦に則した人間に作り変える、とりも直さずそれは兵士自身の生命を守る事にもなる。
殺人実行犯には逆の方向性でこの理由づけが行なわれるのではないか、と私は類推します。自己絶対化の為に永山則夫や宅間守はルサンチマンを、宮崎勤はねずみ人間、酒鬼薔薇くんはバモイドオキ神に自己を仮託する事で欲望を正当化し、殺人衝動を解放した。
シリーズなので「法悦」としましたが、殺しの最中には必ず「愉悦」がある。それは我々が空腹を満たして充足を感じるのと同じ、本能の領域であろうと思ったわけです。闇でも影でもない、それは機能的実体なのですよ。
無論、詩は色々あるからこそ初めて「詩」なのですが、私個人は、心地よいテーゼだけが文学だとは、死んでも考えません。
緑川 ぴの様 : お目に留めていただきありがとうございました。
つ ぐ み 。様 : お言葉も下さりありがとうございました。人間の世界にはおぞましい側面がありますよね。ですから自分と自分にとって大切な人間、事柄、信条以外には一切与さぬスタンスが大事だと、私も思っております。
乾 加津也様 : お言葉も下さりありがとうございました。若い頃、何度か自己ベジタリアン化を決意しましたが、1週間足らずで挫折しました。シク教徒にでもならないと、大方は肉食から解脱できませんよね。
DIM001様 : お目に留めていただきありがとうございました。
高梁サトル様 : お言葉も下さりありがとうございました。ま、人間は考えるエテ公ですからね。いや、示威と恫喝かまびすしい動物園のサル山と違って表面上静穏でも、エテ公に失礼なぐらいの偽善と悪辣と言えるわけで。 
んま、貴方様もですか。でも、血液検査まで持ちこたえたとは精神力がお強いのですね。
遺伝情報もあるのかも知れませんが、我々は離乳期から既に雑食なので、体がそのように欲してしまうのでしょうね。脳にも多分、肉食受容体があるのでしょう。
脳幹がなければ生きて行けず、新皮質ではダークサイドとご都合主義に耽溺する、なるほど人類はネロ皇帝やヘンリー8世の名におじぬ、立派な百獣の王だと思います。


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