プラタナスの高い梢の先で
まるい種子が揺れている
風の匂いが蒼くあるのは冬しるし
澄み渡る空気に月は銀色に光る
耳をすませば
眠る者たちの息づかいまでもが
聞こえてきそうな静寂
まだ ....
「今日のやうにじめじめしてゐますと出ますので」
晩秋のたそがれ刻、男は陰気に呟いた。
「この榎の根元によく出ますな」
出るかと聞くと、出ると言ふ。今まで何度も見たと言ふ。
「誰でも初めは茸と間 ....
ある日、夢を見た
僕以外の人間が皆いなくなって
僕は
独りぼっちだった
第一章、早朝
目覚ましが鳴らなかったので寝坊
もう九時過ぎだ
お腹がすいたので
朝ごはんを食べようと ....
あなたのつがえる矢の先は
違わずに私の胸を狙っていた
寸分の狂いもなく正確に
心臓を貫くことができただろう
波の上に舟は揺れていたが
騎上のあなたは狙いを定め
かたわらの主が命じさえすれば ....
油蝉の断末魔に
ふりむくと
老婆がひとり
まどろんでいた
石段にひろげられた紙の上に
硬貨をひとつ
投げてやった
老婆は顔を上げると
おれの目を
じっと見つめた
あくる日
老 ....
夏は
山がすこし高くなる
祖父は麦藁帽子をとって頭をかいた
わしには何もないきに
あん山ば
おまえにやっとよ
そんな話を彼女にしたら
彼女の耳の中には海があると言った
....
続いた雨の音階は消え
訪れた静かな夜
問うこともせず
答えることもなく
過ぎてゆくだけの影に
狭くなる胸の内
満たしていたもの
耳に慣れた雨音と
肌に馴染んだ湿度と
それらの行方 ....
お風呂場にふった雨
バスタブに溜まった銀の雨
消えかけていたばらの芽が
音もたてずに開く とき
窓をすべる雨粒が
不機嫌な猫を起こしてしまって
引っかかれた夏空は
静かに笑って ....
ちいさな木の葉が浮かんでる
水の流れは冷たくて 透き通るように澄んでる
白い手が泳ぐように招いた
わらうように白いきれいな歯並びがのぞいた
その一瞬で まるで おとぎばなしのように恋した
....
いずれは誰にでも
やってくる終わりのときを
誰が教えてくれるわけでもないけれど
それはまるで
人生という山に積もる雪が
まさにその季節に向けて
静かに融けてゆくように
....
ふと動物園に行きたくなったので
ふらっと電車に乗り込んで
ふらりと向かった
「水曜日は休園日です」
がっくりしてまたガタゴト
帰りの電車に揺られる
電車の中に居る人を眺 ....
迷走した夜明けが今日に辿り着いた
しまい忘れた記憶が日に焼かれ
過去になりきれなければ後悔になる
朱の刻
その頃眠りにつくのがいい
闇と格闘した疲れを明るく癒す ....
「 生れ落ちた その日から
へんちくりんなこのかおで
わたしはわたしを{ルビ演=や}ってきた 」
という詩を老人ホームで朗読したら
輪になった、お年寄りの顔がほころんだ。 ....
みじかい泣き虫夢を見てる
らすとワルツが踊れなかったから
いしを抱いてみじかい夢を見てる
じいっと黙って言葉をこらえて
つちの匂いだけが冷たくてやさしい
とすかーなの事を考えて ....
郵便受けを屑篭にする三文広告
枯れ葉だったらいいのにな
枯れ葉だったらいいのにな
虫の声といっしょに、
君の手紙があればいい。
コーヒーカップの中に
スカートをはいたライオンがこっちを睨んでいた
動物図鑑を投げ入れたら
羊の写真でセーターを編み始めているので
砂糖を入れてスプーンでかき回した
匂いを嗅ぐと春の草が漂っ ....
夜は海
街も時間も
何もかも飲み込んでしまう
私の体も海の底
静かに息をしている
夜空の星たちは海に沈んだ金貨
海賊たちに盗まれぬよう
あんなに高いところにある
ああ もうすぐ夜明けだ ....
詩を書くのは楽しい
なんだか冒険しているみたいで
時間も忘れて書いてしまう
それも夜の帳が降りた後の深い時間や星々達が消えてしまう前に
詩になる生き物達を失う前に僕は目を泳がせてキー ....
ドンヨリした空模様
霧雨
緩やかな坂道をチャリで下る
途中にある、鯉ショップ
の前で立ち止まる
濡れそぼち
エアーポンプ
窮屈な水槽の中を泳ぐ、鯉やフナには
外の天候はあまり関係な ....
朝起きると武士だった
(拙者、もうしばらく眠るでござる
と、布団を被ったが
あっさり古女房に引き剥がされた
長葱を{ルビ購=あがな}ってこいという
女房殿はいつからあんなに強くなったのだろう ....
寒冷前線が鄙びた丘の上でさまよっている
ゆかりの雫を垂らす
青磁いろにおめかししたはつはるの雲よ
乾いたひとみで見定めておくれ
昔 坂道を威勢よく駆け上 ....
まるで拭う事を忘れた涙が
頬を撫でる指と錯覚するように
幾度も呟いた愚痴や寂しさが
いまいち消化できない感情と共に
過去を奪って 未来を閉ざしている
奇妙なほど暖かい冬が黙々と過ぎて ....
鉛いろの雲がやっと抜けてくれた
散策のモノトニーなプロムナードに
形ばかりの冬陽がむらがる
突然 あえぐようなヘリのうなり
(新春の初フライトか)
おもわず猫背を反らし首を上向け ....
夜、冬空の下に魂は凍る
武器を持たない戦士は
凍りついた魂を削り
剣を作る
悪魔の肉を切り裂いて
真っ黒な血が夜を濃くする
凍りついた魂は
月に照らされ
黒々と輝く ....
1.永遠の序章
(総論)
一人の少女が白い股から、鮮血を流してゆく、
夕暮れに、
今日も一つの真珠を、老女は丁寧に外してゆく。
それは来るべき季節への練習として、
周到に用意されて ....
1 序章
慎ましい木霊の眼から、
細い糸を伝って、子供たちが、
賑やかに、駆け降りてくる。
溺れている海の家の団欒は、
厳格な父親のために、正確な夕暮れを、見せている。
見開 ....
シーズンオフの海
半ば砂に埋まつたビーチパラソル
ピンクのドームの下に
蟹が一匹ハサミをもたげる
どこから切り裂いて
片付けたものか
パラソルを見上げて
蟹はむづかしい貌
....
くちなしの花が咲き終えようとする頃に
空はセロファンのように震え
雨粒をくわえた鳥がひと足先に海へと向かう
砂浜に音も無く降る雨が
そこから遠い鉄塔の下で匂っていた
しだいに背の高くなる ....
壁に塗り込められてしまった!
この近在では、向かふところ敵無しの大やもりの俺様が、あらうことか漆喰の中に閉ぢ込められ、身動きがとれなくなってしまった。
このボロ家に迷ひ込んだのが運の尽きだった ....
世界中の風を収集すると
古い書物から頁が捲られてゆく
幾つもの考えは
風の形になる
ベドウィンのテントに吹く風
サーミのテントに吹く風
敦煌の砂に吹く風
風を折るように
また祈 ....
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